アノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和後期の運動会の玉入れ|白線の内側から赤白の玉をかごへ投げた校庭

この記事の結論

  • 国立教育政策研究所 教育図書館の資料で運動会の種目をたどれます。
  • この記事では「60代の時間軸」「運動会の玉入れを思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-20/対象:1957〜1966年生まれ/時代:昭和30年代後半〜50年代(1962〜1980年ごろ)。

運動会で赤白の玉を拾い、高いかごへ向けて何度も投げた時間を振り返ります。学校行事として続いてきた背景と、校庭で体を動かした個人の記憶を分けて並べます。

昭和30年代後半〜50年代(1962〜1980年ごろ)の運動会の玉入れを思わせる横長の記憶風景
昭和30年代後半〜50年代(1962〜1980年ごろ)の運動会の玉入れを思わせる横長の記憶風景(イメージ)

60代の時間軸

文部科学省 白書・統計・資料や学習指導要領から学校行事の位置づけを読み、国立教育政策研究所 教育図書館の資料で運動会の種目をたどれます。玉入れの人数、かごの高さ、得点の数え方は学校や年代ごとに工夫され、同じ形とは限りません。

合図が鳴ると白線の内側へ走り、足元の布玉を両手で集めました。かごを見上げて一つずつ投げる子もいれば、まとめて放り上げる子もいました。終了の笛で手を止め、先生が玉を高く投げながら数える声を全員で聞きました。

思い出すのは、乾いた校庭の砂、手のひらに乗る布玉の柔らかさ、かごの縁へ当たって落ちる軽い音です。数が競ると声援が急に大きくなり、最後の一個を数える前の静けさが長く感じられました。

いまの運動会は日程や種目、安全への配慮を学校ごとに見直しています。当時の玉入れも、年齢や人数に合わせて形を変えていました。勝敗だけでなく、同じ方向を見上げて投げた集団の動きが記憶に残ります。

書き留めたいのは、自分が赤白どちらだったか、玉を一個ずつ投げたかまとめたかです。学校名や順位は伏せ、かごの高さ、笛の音、数え終わったときの拍手を書けば、運動会の一幕を穏やかに残せます。

運動会の玉入れを思い出す三つの手がかり

  1. 60代の運動会の玉入れにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い運動会の玉入れで、終了の笛と玉を数える声を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。