昭和40年代の学校の上履き|廊下を歩いた白い足音
この記事の結論
- 昭和40年代(1965〜1974年ごろ)に学校の上履きが身近になったころ、玄関で靴を脱いで履き替え、床の線をたどって教室へ向かいました。
- この記事では「60代の時間軸」「学校の上履きを思い出す三つの手がかり」を扱います。
- 更新日:2026-08-25/対象:1957〜1966年生まれ/時代:昭和40年代(1965〜1974年ごろ)。
昭和40年代(1965〜1974年ごろ)の学校の上履きを手がかりに、玄関で靴を脱いで上履きに替え、床の線に沿って教室へ向かいました。道具の背景と使い方、今との違いをたどりながら、個人差を尊重して記憶をひらきます。

60代の時間軸
学校の上履きが昭和40年代(1965〜1974年ごろ)に身近になったころ、玄関で靴を脱いで上履きに替え、床の線に沿って教室へ向かいました。当時の道具は、暮らしの中で特別なものとして飾られるより、使う人の手の届く場所に置かれていました。
校舎の中で履き物を替える決まりは、学校という共同の場所を身体で覚える手がかりでした。家庭や地域で広がる時期には差があり、同じ年代でも使った経験や呼び方は一様ではありません。資料で確認できる変化と、個人の記憶は分けて考える必要があります。
使うときは、名前を書いた布の部分を確かめ、かかとを踏まないように履いて体育館や教室を行き来しました。急いで結果を出すより、準備して、試して、うまくいかなければやり直す手順そのものが、当時の時間の流れをつくっていました。
その道具が置かれていたのは、昇降口、教室の下駄箱、体育館の入口など、毎日必ず通る場所にありました。ゴム底のきしみ、布の白さ、洗ったあとの洗剤の匂い、冷たい床。場所の明るさや一緒にいた人の気配まで思い返すと、物の名前だけではない記憶が立ち上がります。
いまも多くの学校で似た習慣が残りますが、校舎の床を歩く音は世代ごとに違って聞こえます。便利さが増えた一方で、待つことや手を動かすことが会話のきっかけになっていた点は、今の生活を考える手がかりにもなります。
学校の上履きを思い出す三つの手がかり
- 60代の学校の上履きにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。
思い出の問い上履きの名前を書いた場所と、履き替えて最初に向かった教室を覚えていますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。
- 文部科学省 白書・統計・資料
- 国立国会図書館
- 編集確認日:2026-08-22。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。