50代 学校・青春
昭和後期の書写の授業の墨|すずりを洗う水道の列
この記事の結論
- 書写が国語のなかでどう位置づけられてきたかをたどれます。
- この記事では「50代の時間軸」「書写の授業の墨を思い出す三つの手がかり」を扱います。
- 更新日:2026-09-17/対象:1967〜1976年生まれ/時代:昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)。
書写の授業の墨を手がかりに、道具を広げてから片づけるまでの一時間を振り返ります。授業として確認できる形と、袖口についた黒い染みに残る個人の記憶を分けて並べます。

50代の時間軸
文部科学省の学習指導要領や資料、国立教育政策研究所の教育図書館から、書写が国語のなかでどう位置づけられてきたかをたどれます。毛筆を扱う学年や時数は、改訂のたびに整理されてきました。墨をするか液を使うかは地域や学校ごとに違うため、一つの決まりに寄せません。
教室の場面では、新聞紙を机に敷き、すずりに水を差して墨をゆっくりすりました。手本を横に置いて筆を下ろすと、半紙が思ったより早く墨を吸いました。終わりの合図とともに道具を抱え、水道の前に長い列ができました。
鼻と指に残るのは、すった墨の落ち着いた匂い、下敷きの布のざらつき、洗っても爪の縁に残った黒さです。乾ききらない半紙を廊下に並べた光景を思い出すと、教室の湿った空気まで戻ってきます。
手軽な液を使う場面が増えたいまも、墨をするところから始める授業があります。当時は時間をかけてすり、濃さを自分の手で決めました。文字の形を整える練習も、墨の濃淡を確かめる時間も、同じ一時間が持つ別々の顔です。
書き留めたい問いは、初めて袖を汚した日のことと、教室の後ろに貼り出された自分の字です。学校名や先生、友だちの実名は伏せて、すずりの大きさ、書いた文字、廊下から見えたものを書けば、安心して残せます。
書写の授業の墨を思い出す三つの手がかり
- 50代の書写の授業の墨にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。
思い出の問いすずりを洗いに並んだ水道の列を覚えていますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。
- 文部科学省 白書・統計・資料
- 国立教育政策研究所 教育図書館
- 編集確認日:2026-09-17。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。