アノコロ記憶のタイムマシン
70代 学校・青春

昭和中期の学校園の畑当番|朝の水やりに並んだ小さなじょうろ

この記事の結論

  • 学校園や栽培の学習がどう置かれてきたかをたどれます。当番の回り方は学校ごとの工夫でした。
  • この記事では「70代の時間軸」「学校園の畑当番を思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-18/対象:1947〜1956年生まれ/時代:昭和20年代〜30年代(1948〜1963年ごろ)。

学校園の畑当番を手がかりに、種をまいてから収穫の日を迎えるまでの季節を振り返ります。学校の活動として確認できる形と、畑の土の感触に残る個人の記憶を分けて並べます。

昭和20年代〜30年代(1948〜1963年ごろ)の学校園の畑当番を思わせる横長の記憶風景
昭和20年代〜30年代(1948〜1963年ごろ)の学校園の畑当番を思わせる横長の記憶風景(イメージ)

70代の時間軸

文部科学省の資料や当時の学習指導要領、国立教育政策研究所の教育図書館から、学校園や栽培の学習がどう置かれてきたかをたどれます。畑の広さや育てる作物、当番の回り方は学校ごとの工夫でした。気候や土地の条件も地域や学校によって違うため、一つの決まりに寄せません。

当番の場面では、まず朝早く登校し、道具小屋からじょうろと鍬を出しました。うねの間を歩いて水をやり、伸びてきた草を手で抜きました。収穫の日には学級で実りを分け合い、畑の様子を当番の帳面に書き入れました。

手と鼻に残るのは、湿った土の冷たさと、青い葉をもんだときの匂いです。井戸やポンプの水の重さ、朝の鳥の声も、畑に立った時間とともによみがえります。長靴についた泥の重さも、足もとに残っています。

いまも花壇や菜園で栽培を学ぶ学校はあり、育て方や記録の残し方は変わってきています。当時は当番が毎朝畑に通い、日ごとの変化を自分の目で確かめました。どちらの形も、育つものを見守る時間を学びに変える工夫です。

書き留めたい問いは、当番の日に育てていた作物と、収穫したものの行き先です。学校名や先生、友だちの実名は伏せて、畑のあった場所、道具の置き場、水をくんだところを書けば、安心して残せます。

学校園の畑当番を思い出す三つの手がかり

  1. 70代の学校園の畑当番にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い朝早くに水をやった学校園の畑当番を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。