あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 街・暮らし

昭和末期の缶切り|台所で少しずつ開いた丸いふた

タブのない缶詰は、缶切りがなければ開きませんでした。昭和末期(1980〜1989年ごろ)の台所で、てこ式の缶切りを握った記憶をたどります。

台所のてこ式缶切りと缶詰、琺瑯の皿を描いたAI再現画像
台所のてこ式缶切りと缶詰、琺瑯の皿を描いたAI再現画像(イメージ)

丸いふたの向こう側

引き出しから缶切りを取り出し、缶を台にのせて、丸いふたを少しずつ切り進めます。開け終わるまで中身は見えず、缶詰を開けるのは料理の最初のひと仕事でした。慣れた大人に頼んでいた子どもも多かったはずです。

金属どうしがこすれる音と、手首にかかる重たい抵抗。袋を破るのとはまるで違う手応えです。最後まで切り終えると、果物の甘い匂いがふっと立ちのぼり、煮汁の色が見えてきました。

大阪くらしの今昔館は、昔の道具を知る企画の中で、フルーツ缶を実際に開ける体験を紹介しています。指で引くタブがあたりまえになった今では、缶とは別に道具を用意すること自体が珍しく映るのでしょう。

栓抜きを兼ねた缶切りもありました。一本にいくつもの役目があると、どの出っぱりを何に使っていたのか、改めて眺めたくなります。資料館の生活道具を見ていると、食品の容器が変わるたびに、台所での手の動きも変わってきたことがよく分かります。

調理器具の箱、食器棚の隅、栓抜きと同じ引き出し。缶切りの置き場所は、たいてい家ごとに決まっていました。誰が開けてくれたかと一緒に思い出すと、待っていた献立まで見えてきます。家の缶切りはどこにしまってありましたか。

台所を思い出す手がかり

  1. 缶を開けてくれたのは誰でしたか。その人の手元を思い浮かべてみてください。
  2. 開くのを待っていたのは、果物の缶でしたか、魚の缶でしたか。
  3. 自分で初めて開けた日のことを覚えていますか。

出典と編集方針

道具の背景は、大阪くらしの今昔館と東北歴史博物館の資料で確かめました。台所の場面は、当時の家庭の様子を思い描いて書いたものです。