あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 テレビ・映画

昭和40年代のテレビ欄の赤鉛筆|見たい番組に丸を付けた朝

新聞のテレビ欄へ赤鉛筆で丸を付け、家族で見る番組を相談した昭和40年代後半の暮らしを振り返ります。

昭和40年代後半〜50年代(1970〜1979年ごろ)のテレビ欄の赤鉛筆を横長の生活場面として描いたAI再現画像
昭和40年代後半〜50年代(1970〜1979年ごろ)のテレビ欄の赤鉛筆を横長の生活場面として描いたAI再現画像(イメージ)

60代の時間軸

NHKクロニクルでは放送番組の記録を、国立国会図書館では新聞やテレビ関連資料を確認できます。どの番組を見たかは地域の放送局や家庭の約束で異なりました。 ここでは「昭和40年代後半〜50年代(1970〜1979年ごろ)」を、出典で確認できる製品や制度、統計の時期と、暮らしの中で触れた人の記憶が重なる目安として扱います。全員が同じ年に同じ体験をしたとは決めつけません。

テレビ欄の赤鉛筆の使い方を思い出すと、新聞の番組欄を読み、見たい番組へ丸や線を引き、家族にその時間を伝えておきました。 うまく使えた日だけでなく、失敗した日や、家族に頼んだ日も含めて、当時の手順が見えてきます。

使われた場所は一つではありません。朝の食卓、茶の間の新聞置き場、テレビ台の横、夕食前の家族の会話にありました。 地域、学校、家の間取り、店の品ぞろえによって、同じものでも記憶の背景は少しずつ変わります。

感覚の手がかりとして残りやすいのは、新聞紙のざらつき、赤鉛筆の粉、テレビの光を待つ夕方の暗さ、食卓の湯気です。写真や年表だけでは抜け落ちる音、重さ、光、匂いをたどると、その場にいた人の距離まで思い出せることがあります。

いまは番組表を画面で検索できますが、紙に印を付けて一日覚えておく待ち方は少なくなりました。 便利になった今を否定する必要はありません。違いを比べることで、当時の不便さの中にあった会話や待ち時間、自分だけの工夫を静かに見つけ直せます。

テレビ欄の赤鉛筆を思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のテレビ欄の赤鉛筆にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問い赤丸を付けた番組と、その時間までに済ませた用事を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。