昭和60年ごろのワープロ専用機|こたつで打った年賀状
個人向けのワープロが次々に発売された1980年代半ばを起点に、昭和59年〜平成9年(1984〜1997年ごろ)の家でワープロ専用機を使った記憶を振り返ります。

40代の時間軸
情報処理学会のコンピュータ博物館によると、東芝のJW-10は初の日本語ワードプロセッサとして1978年9月に発表され、1979年2月に出荷が始まりました。その後、1984年3月の日本電気「PWP-100」や1985年の東芝「Rupo」など、個人向けのワープロが次々に発売されています。 この記事では「昭和59年〜平成9年(1984〜1997年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中でワープロ専用機に触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。
当時の使い方を思い出してみます。画面に数行ずつ文字を打ち、かなを漢字に変換して文章を整え、内蔵のプリンターで感熱紙や普通紙に印刷しました。年賀状の宛名や学級通信、町内のお知らせを作る家もありました。
ワープロ専用機があった場所は一つではありません。居間のこたつ、書斎の机、町内会の集会所、学校の職員室、年末の食卓にありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。
音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、キーを打つ軽い音、印字ヘッドが往復する音、感熱紙のつるりとした手ざわり、画面の小さな光です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。
いまはパソコンやスマートフォンで文章を作れますが、ワープロ専用機の前に座る時間は、手書きから印字への切り替わりを家の中で実感する場面でした。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。
ワープロ専用機を思い出す三つの手がかり
- まず、40代のワープロ専用機にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いワープロ専用機で最初に作った文書は、年賀状、作文、お知らせのどれでしたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 情報処理学会 コンピュータ博物館 東芝 JW-10
- 情報処理学会 コンピュータ博物館 日本語ワードプロセッサ
- 編集確認日:2026-10-16。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。