昭和22年ごろの給食の脱脂粉乳|アルミのカップで飲んだ温かいミルク
戦後の学校給食で脱脂粉乳が配られた1947年を起点に、昭和22年〜昭和40年(1947〜1965年ごろ)の教室で飲んだ温かいミルクの記憶を振り返ります。

70代の時間軸
文部科学省の「学制百年史」では、戦後の学校給食が昭和22年1月にララ(LARA)の寄贈食糧などで始まり、同年秋には米国援助の脱脂粉乳が配られたこと、昭和24年10月からユニセフ寄贈の脱脂粉乳による給食も始まったことが説明されています。 この記事では「昭和22年〜昭和40年(1947〜1965年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中で給食の脱脂粉乳に触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。
当時の使い方を思い出してみます。当番が大きな容器から温めた脱脂粉乳を注ぎ、アルミのカップを両手で持って飲みました。においや味の好みは分かれ、残さず飲むよう言われた記憶を持つ人もいます。
給食の脱脂粉乳があった場所は一つではありません。小学校の教室、給食当番が運んだ配膳台、冬の暖房の近くにありました。牛乳へ切り替わった時期は学校や地域で異なります。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。
音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、カップの縁の熱さ、独特の匂い、表面にできる薄い膜、アルミの食器が触れ合う音です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。
いまの給食では牛乳や献立の工夫が進みましたが、脱脂粉乳の記憶は、戦後の食料事情と学校給食の始まりを今に伝える手がかりです。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。
給食の脱脂粉乳を思い出す三つの手がかり
- まず、70代の給食の脱脂粉乳にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問い給食の脱脂粉乳を飲んだことがある方は、その味や匂いをどう覚えていますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 文部科学省 学制百年史「学校給食の普及・奨励」
- 衆議院 第7回国会 質問主意書答弁(学校給食の脱脂粉乳)
- 編集確認日:2026-10-16。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。