あアノコロ記憶のタイムマシン
70代 街・暮らし

昭和27年(1952年)ごろの金鳥のキンチョール|夏の夜の部屋に広がったエアゾールの霧

昭和27年〜昭和31年(1952〜1956年ごろ)の金鳥のキンチョールを手がかりに、夏の夜に部屋へ吹きつけたエアゾールの殺虫剤を振り返ります。KINCHOの公式資料と共同通信PRワイヤーのリリースで商品化の年を確かめ、噴射の音や匂いの記憶、今との違いをたどります。

昭和27年〜昭和31年(1952〜1956年ごろ)の金鳥のキンチョールを再現したイメージ。夏の夜の畳の部屋で、すだれをかけた窓のそばに立つ無地の金属のスプレー缶と丸いうちわ。電灯の光に細かな霧が漂う。
昭和27年〜昭和31年(1952〜1956年ごろ)の金鳥のキンチョールを再現したイメージ。夏の夜の畳の部屋で、すだれをかけた窓のそばに立つ無地の金属のスプレー缶と丸いうちわ。電灯の光に細かな霧が漂う。(イメージ)

70代の時間軸

大日本除蟲菊株式会社は、精製した除虫菊エキスを使い、昭和27年(1952年)に日本で初めてエアゾール殺虫剤を商品化したと、共同通信PRワイヤーで配信したリリースに書いています。KINCHOの公式ページでは、その初期のエアゾール殺虫剤が、日本化学会の認定化学遺産第041号「日本における殺虫剤産業の発祥を示す資料」に含まれたことを紹介しています。この記事はエアゾールのキンチョールが出た年を起点にした回想で、どの家にも同じ年に届いたという意味ではありません。

夕方、窓を閉める前に缶を手に取り、部屋の隅や天井近くに向けてボタンを押します。しばらく部屋を離れてから戻る家もあれば、台所の流しのまわりにだけ使う家、蚊帳や蚊取り線香と組み合わせる家もあったでしょう。缶は大人が持つもので、子どもは噴射の音がするたびに少し離れて見ていた、という人もいるかもしれません。

網戸のない窓を開けた六畳間、蚊が集まる縁側の柱の陰、夜の台所の裸電球の下。押したときのしゅうっという音、指先に伝わる缶の冷たさ、霧が電灯の光の中で白く漂う様子、鼻に残る薬剤の匂いを覚えている人もいるでしょう。残りが少なくなると、振ったときのしゃかしゃかという音が軽くなっていきました。

KINCHOの公式ページによると、いまの家庭用殺虫剤の有効成分は主に合成ピレスロイドで、天然・合成のどちらも除虫菊に由来するピレスロイドだそうです。東洋経済オンラインの記事は、平成3年(1991年)の「ムシムシコロコロキンチョール」のCMが大ヒットしたことにも触れています。いまは置くだけ、吊るすだけの虫よけや網戸も当たり前になり、缶を手に部屋を回る場面は減った家もあるでしょう。

夏の夜の霧の匂いをよく覚えている人も、蚊取り線香の煙のほうが記憶に残っている人も、虫の少ない土地で育った人もいるでしょう。住まいのつくりや地域の気候によって、夏の虫よけの道具はずいぶん違いました。あなたの家では、夏の夜の虫よけにどんな道具を使っていましたか?

金鳥のキンチョールを思い出す三つの手がかり

  1. まず、70代の金鳥のキンチョールにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたの家では、夏の夜の虫よけにどんな道具を使っていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。