あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和50年(1975年)ごろのサンリオのハローキティのプチパース|小銭が透けて見えた小さな財布

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のサンリオのハローキティのプチパースを手がかりに、子どもが初めて持った小さな財布の記憶を振り返ります。サンリオの沿革とキャラクタープロフィール、インターネットミュージアムの展示レポートで誕生と第1号商品の年を確かめ、留め金の音やビニールの手ざわり、今との違いをたどります。

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のサンリオのハローキティのプチパースを再現したイメージ。子ども用の低い机に置いた、いちごの模様の透明なビニールの小さながま口財布と、透けて見える小銭。
昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のサンリオのハローキティのプチパースを再現したイメージ。子ども用の低い机に置いた、いちごの模様の透明なビニールの小さながま口財布と、透けて見える小銭。(イメージ)

50代の時間軸

サンリオの沿革によると、ハローキティのキャラクターが制作されたのは昭和49年(1974年)で、第1号商品のプチパースが発売されたのは昭和50年(1975年)でした。同じ年には「いちご新聞」も創刊されています。公式プロフィールでは、本名はキティ・ホワイト、生まれた場所はロンドンの郊外、身長はりんご5個分、誕生日は11月1日と紹介されています。ハローキティ展を取材したインターネットミュージアムのレポートには、初めて商品化されたプチパースは小さな財布で、当初はハローキティという名前も付いていなかったとあります。この記事は第1号商品の発売年を起点にした回想の目安で、どの子の手にも同じ年に届いたという意味ではありません。

小さな財布には、お小遣いの硬貨や、折りたたんだメモ、きれいな包み紙などが入っていました。留め金を開け閉めするのが楽しくて、中身がなくても持ち歩いた子もいます。文房具店や商店街の雑貨屋で見つけて買ってもらった子もいれば、親戚のお土産として受け取った子もいたでしょう。名前のないころの絵柄を覚えている人は少ないかもしれません。

駄菓子屋の前、通学路の角、ランドセルの横のポケット。透明なビニールのつるりとしてやや冷たい手ざわり、留め金がパチンと閉まる音、中の小銭がかちゃかちゃ鳴る感じ、新しいビニールの少し甘い匂いが残っている人もいるはずです。夏の日差しで机の上のビニールがほんのり温まり、指にぺたりと張り付いたことを思い出す人もいるかもしれません。

いまは子どもでも電子マネーの入ったカードを持ち、小銭を数えて払う場面が減りました。キャラクターの小物は種類が増え、文房具から家電まで、身の回りのあちこちで見かけます。当時、こうした小物を集めることに夢中になった子もいれば、興味がなくてほかの遊びに熱中していた子もいました。家の近くに扱う店があったかどうかでも、出会った時期は違ったはずです。

初めての財布が布だったか、ビニールだったか、親のお下がりだったか。その中に入れていたものを思い出すと、当時の欲しかったものや行きたかった店まで浮かんでくるかもしれません。財布より中身のほうを覚えている人もいるでしょう。あなたが子どものころ初めて持った小さな財布には、何が入っていましたか?

サンリオのハローキティのプチパースを思い出す三つの手がかり

  1. まず、50代のサンリオのハローキティのプチパースにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたが子どものころ初めて持った小さな財布には、何が入っていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。