アノコロ記憶のタイムマシン
50代 ゲーム・遊び

昭和の割りばし鉄砲|輪ゴムを掛けて作った一丁

この記事の結論

  • 身近な材料で玩具を作る遊びが続いてきたことをたどれます。引き金をどう作るかは教わった相手で違うため、正しい作り方を一つに決めません。
  • この記事では「50代の時間軸」「割りばし鉄砲を思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-11/対象:1967〜1976年生まれ/時代:昭和40年代後半〜60年代(1973〜1988年ごろ)。

割りばしと輪ゴムで組んだ手作りの鉄砲を手がかりに、机の上で工夫を重ねた放課後を振り返ります。手作り玩具として残る記録と、作り方が人ごとに違った記憶を分けて並べます。

昭和40年代後半〜60年代(1973〜1988年ごろ)の割りばし鉄砲を思わせる横長の記憶風景
昭和40年代後半〜60年代(1973〜1988年ごろ)の割りばし鉄砲を思わせる横長の記憶風景(イメージ)

50代の時間軸

確認できる背景として、国立国会図書館サーチや日本玩具協会の資料から、身近な材料で玩具を作る遊びが続いてきたことをたどれます。何本で組むか、引き金をどう作るかは教わった相手で違うため、正しい作り方を一つに決めません。

記憶の場面では、割りばしを割り、長さをそろえ、輪ゴムで角を縛って形を作りました。引き金の当たりが甘いと途中で飛ぶので、縛る位置を少しずつ変えて試しました。連射できる形を教わった人は、輪ゴムを何本も掛けて順番に外れるように調整しました。

手がかりになるのは、輪ゴムが伸びるときの音、木のささくれが指に刺さった痛み、飛んだゴムが壁に当たる軽い音です。教室の机か、家の縁側か、友だちの部屋か、作った場所を一つ選ぶと場面が戻ります。

いまは完成品の玩具を買え、当たっても痛くない素材が選べます。当時は材料も危なさも自分たちで調整していました。安全の考え方が変わった点として比べると、当時の遊びを低く見ることにはなりません。作る時間が遊びの半分だった点も、いまと分けて考えられます。

思い出の問いは、いちばんよく飛んだ一丁と、それを教えてくれた人です。実名や学校名を書かなくても、輪ゴムの色、木の匂い、狙った的だけを残せば、自分の記憶として安全に残せます。

割りばし鉄砲を思い出す三つの手がかり

  1. 50代の割りばし鉄砲にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い割りばし鉄砲でいちばんよく飛んだ一丁と、作り方を教えてくれた人を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。