あアノコロ記憶のタイムマシン
30代 学校・青春

平成の蛍光ペンノート|大事なところが増えた試験前

この記事の結論

  • 蛍光ペンは平成に生まれた道具ではありません。同社は1974年に国産初の蛍光ペンを発売しています。
  • この記事では「30代の時間軸」「蛍光ペンで色分けしたノートを思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-28/対象:1987〜1996年生まれ/時代:平成中期(2000〜2009年ごろ)。

黄色は用語、桃色は間違えた場所と、自分なりの決まりがありました。引きすぎて一面が明るくなったノートを振り返ります。

平成中期(2000〜2009年ごろ)の蛍光ペンで色分けしたノートを思わせる横長の記憶風景
平成中期(2000〜2009年ごろ)の蛍光ペンで色分けしたノートを思わせる横長の記憶風景(イメージ)

30代の時間軸

蛍光ペンは平成に生まれた道具ではありません。トンボ鉛筆の沿革によると、同社は1974年に国産初の蛍光ペンを発売しています。ここでは2000年代の勉強机を思い浮かべ、すでに身近だった筆記具の使い方をたどります。

授業中は鉛筆で書き、帰宅してから大切な箇所へ色を付ける人もいました。最初は二色で十分だったのに、覚える項目が増えると色も増えます。友達の整ったノートを見てまねをしても、自分のページは少しにぎやかになりました。

ふたを開ける音、紙の上を滑る平たいペン先、裏のページへうっすら透けた色。線の終わりで手を止めると、そこだけ濃く残ります。定規を使った直線と、急いで引いた少し曲がった線から、その日の気分まで感じられます。

今は画面上の文章にも色を付けられます。それでも紙のノートでは、一度引いた線を簡単には戻せず、何を大事だと思ったかが残りました。色数の多さと覚えやすさは同じではないと、試験前になって気付いた人もいるでしょう。

一番減るのが早かった色は何色でしたか。用語の横に描いた印や、最後に残った薄い線にも使い方が表れます。古いノートを見つけたら成績や氏名を公開せず、一ページの色の決まりを言葉にするだけでも、当時の工夫を残せます。

蛍光ペンで色分けしたノートを思い出す三つの手がかり

  1. 30代の蛍光ペンで色分けしたノートにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い蛍光ペンの色には、どんな役割を決めていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。