昭和33年ごろの東京タワー|テレビの電波を送った赤白の塔
東京タワーが営業を始めた1958年を起点に、昭和33年〜昭和40年(1958〜1965年ごろ)のテレビ電波とともに見上げた塔の記憶を振り返ります。

70代の時間軸
株式会社東京タワーの会社年表では、1957年(昭和32年)に日本電波塔株式会社が設立され、1958年(昭和33年)に東京タワーが営業を始め、1959年(昭和34年)にテレビ各局の電波発射が始まったことを確認できます。 この記事では「昭和33年〜昭和40年(1958〜1965年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中で東京タワーの電波塔に触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。
当時の使い方を思い出してみます。関東の家では屋根の上のテレビアンテナを電波の来る方角へ向け、映りを確かめながら番組を見ました。上京した人や旅行で訪れた人は展望台にのぼり、街を見下ろしました。
東京タワーの電波塔があった場所は一つではありません。関東の家々の屋根、展望台、旅行のバスの車窓、絵はがきやテレビの画面の中にありました。遠くの地域の人にとっては、写真や映像で知る塔でもありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。
音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、赤と白の鉄骨の色、展望台へのぼるエレベーターの浮く感じ、屋根の上で揺れるアンテナ、夕暮れの空に浮かぶ塔の影です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。
いまは電波塔の役割も変わり、街の景色も高層化しましたが、テレビの電波とともに見上げた塔には、テレビ時代の始まりの記憶が重なっていました。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。
東京タワーの電波塔を思い出す三つの手がかり
- まず、70代の東京タワーの電波塔にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問い東京タワーを初めて見たのは、実物でしたか、それとも写真やテレビでしたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 株式会社東京タワー 会社概要・会社年表
- 総務省 関東総合通信局 テレビジョン放送事業
- 編集確認日:2026-10-16。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。