あアノコロ記憶のタイムマシン
70代 街・暮らし

昭和29年(1954年)ごろの6Pチーズの丸い箱|銀紙をむいて分けた三角

昭和29年〜昭和33年(1954〜1958年ごろ)の6Pチーズの丸い箱を手がかりに、六つの三角を家族で分けた場面を振り返ります。雪印メグミルクの公式資料で生産開始の年を確かめ、銀紙の手ざわりやにおい、今との違いをたどります。

昭和29年〜昭和33年(1954〜1958年ごろ)の6Pチーズの丸い箱を再現したイメージ。丸い箱に並んだ銀紙包みの三角チーズと、一つだけ包みをむいた小皿。
昭和29年〜昭和33年(1954〜1958年ごろ)の6Pチーズの丸い箱を再現したイメージ。丸い箱に並んだ銀紙包みの三角チーズと、一つだけ包みをむいた小皿。(イメージ)

70代の時間軸

雪印メグミルクの公式資料は、前身の「6ポーションチーズ」が昭和10年(1935年)に生産を始め、6Pチーズは昭和29年(1954年)9月から生産を始めたと記しています。昭和50年(1975年)にはほぼ今と同じパッケージになったことも書かれています。生産開始を起点にした回想で、どの家にも同じ時期にあったわけではありません。

丸い箱のふたを開け、銀紙に包まれた三角を一つ取り出して、つまみを引いて包みをむきます。おやつに一つずつ、酒のつまみに父が一つなど、六つの分け方は家族の人数や好みによって違いました。うまくむけずに銀紙がちぎれ、爪で少しずつはがした人もいるでしょう。

居間のちゃぶ台、遠足のリュックの中、晩酌の小皿。銀紙をむくときのかさかさした音、指先に残る少し油っぽい感触、乳のやわらかなにおいが、その場面と結びついています。箱の中で三角が一つずつ減っていく様子を覚えている人もいるかもしれません。

いまはスライスやさけるタイプ、粉チーズなど多くのチーズが手軽に買えます。チーズが珍しい食べ物だった頃と比べると、食卓での位置づけは大きく変わりました。それでも丸い箱を分け合う形は残り、家族の人数との関係を考えさせてくれます。

あなたの家では、六つの三角のうち最後の一つを誰が食べていましたか。箱を置いていた冷蔵庫の段や、銀紙のむき方のこつを思い出すと、家族の小さなやりとりまで浮かんでくるかもしれません。

6Pチーズの丸い箱を思い出す三つの手がかり

  1. まず、70代の6Pチーズの丸い箱にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問い6Pチーズの六つの三角を、家では誰とどう分けていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。