昭和36年(1961年)ごろのキッコーマンのしょうゆ卓上びん|赤いふたを傾けた食卓
昭和36年〜昭和40年(1961〜1965年ごろ)のキッコーマンのしょうゆ卓上びんを手がかりに、冷ややっこや焼き魚にしょうゆを差した食卓を振り返ります。キッコーマンの公式資料で発売年と設計者を確かめ、ガラスの手ざわりや注ぎ口の感覚、今との違いをたどります。

70代の時間軸
キッコーマンは、しょうゆ卓上びんを昭和36年(1961年)に発売したと紹介しています。設計したのは工業デザイナーの榮久庵憲司氏で、持ちやすく液だれしにくく倒れにくい形として作られ、平成30年(2018年)には文字のない容器として立体商標に登録されました。この記事は発売年を起点にした回想で、どの家にも同じ時期に並んだという意味ではありません。
一升びんから小さな卓上びんへしょうゆを移し、食卓の真ん中に置いて、皿ごとに少しずつ差します。補充するのは母親だったり祖父だったり、家によって役目が違いました。じょうごを使ってこぼさないように移す手つきを、横でじっと見ていた人もいるでしょう。
ちゃぶ台の上、台所の調味料棚、親戚の家の座卓。ガラスのつるりとした冷たさ、赤いふたの小さな口から細く落ちるしょうゆ、ひと差しで立つ香りが、冷ややっこや焼き魚の記憶と重なります。注ぎ終わりに一滴も垂れない様子を、子ども心に不思議に思った人もいるかもしれません。
いまは押すと出る密封ボトルや小袋が増え、しょうゆを小びんに移し替える家は少なくなりました。それでも同じ形の卓上びんは食堂や家庭で見かけます。中身を移し替える手間がなくなった分、食卓に置く瓶の役割も少しずつ変わっています。
あなたの記憶の中の卓上びんは、どの料理の横に置かれていましたか。赤いふたの色や、瓶を置いた位置、注いだ人の手を思い出すと、その頃の夕飯の献立まで戻ってくるかもしれません。思い出せないところは、そのままにしてかまいません。
キッコーマンのしょうゆ卓上びんを思い出す三つの手がかり
- まず、70代のキッコーマンのしょうゆ卓上びんにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いあなたの家の食卓では、しょうゆの卓上びんを誰が満たしていましたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- キッコーマン「おいしい記憶をつくりたい。」しょうゆ卓上びんの物語
- キッコーマン ニュースリリース しょうゆ卓上びんが「立体商標」登録
- 編集確認日:2026-10-21。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。