昭和35年(1960年)ごろの丸美屋のりたまの小袋|弁当のご飯に散らした黄色と黒
昭和35年〜昭和39年(1960〜1964年ごろ)の丸美屋のりたまを手がかりに、弁当箱のご飯にふりかけを散らした昼の場面を振り返ります。丸美屋の公式沿革で発売年を確かめ、卵のつぶやのりの手ざわり、今との違いをたどります。

70代の時間軸
丸美屋食品工業の沿革には、昭和35年(1960年)1月に「のりたま」を発売したと記されています。同じ沿革によれば、昭和39年(1964年)2月にはエイトマンシールを封入した「のりたま」がヒットしました。ここでは発売年を起点にした回想として扱い、全国の食卓へ同時に広まったとは考えません。
朝、弁当を詰めた最後に袋の角を切り、ご飯の上へ黄色いつぶとのりを散らします。ご飯全体にまんべんなくかける家、真ん中だけに置く家、遠足の日だけ使う家など、かけ方は家ごとに違いました。おまけのシールを目当てに、袋を開ける順番を兄弟で争った人もいるでしょう。
教室の机、遠足の原っぱ、運動会の観客席のござ。ふたを開けたとき少ししっとりしたのり、口の中でほろりと崩れる卵のつぶ、ほのかに甘い香りが、昼休みのざわめきと一緒に思い出されます。冷めたご飯にのりが張りついた感触を覚えている人もいるかもしれません。
いまはふりかけの種類が増え、小分けのパックやご飯に混ぜ込むタイプも当たり前になりました。弁当を持っていく日も学校や地域によって違い、給食が中心だった人には、家の朝食で食べた記憶のほうが強いかもしれません。同じ袋でも、食べた場所は人によって大きく違います。
のりたまのご飯を開けたとき、隣にいたのは誰でしたか。弁当箱の形や包んでいたふきん、窓から見えた校庭を思い出すと、その日の授業の様子まで浮かんでくるかもしれません。はっきりしない記憶は、無理に埋めずに残しておいてください。
丸美屋のりたまの小袋を思い出す三つの手がかり
- まず、70代の丸美屋のりたまの小袋にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いのりたまをかけたご飯を食べたのは、どこで誰と一緒のときでしたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 丸美屋食品工業 沿革
- 丸美屋 家族のごちそうごはん のりたま
- 編集確認日:2026-10-21。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。