昭和30年代前半(1955〜1959年ごろ)のS&Bの赤缶カレー粉|小麦粉を炒めた台所の匂い
昭和30年〜昭和34年(1955〜1959年ごろ)のS&Bの赤缶カレー粉を手がかりに、小麦粉を炒めてカレーを作った台所を振り返ります。エスビー食品の公式資料で発売年と前身の缶を確かめ、炒める音や黄色い粉の香り、今との違いをたどります。

70代の時間軸
エスビー食品は、創業者の山崎峯次郎が大正12年(1923年)に国産のカレー粉づくりに成功し、昭和8年(1933年)に前身の「白缶」を経て、昭和25年(1950年)に「赤缶カレー粉」が誕生したと紹介しています。この記事は発売から数年たった昭和30年代前半の台所を想定した回想で、どの家にも同じ時期に赤い缶があったという意味ではありません。
鉄のフライパンで小麦粉を油で炒め、赤い缶からカレー粉を小さじで足していきます。焦がさないように木べらを動かす係は、家によって母親だったり祖母だったりしました。肉が少ない日は野菜を多めにしたり、うどんにかけたりと、使い方は暮らしぶりによって違いました。
土間に近い台所、学校の調理実習、お祭りの日の炊き出し。缶のふたを開けたときに鼻に届く香辛料の刺激、小麦粉が色づいていくときの香ばしい匂い、木べらに伝わるとろみの重さが、場面と一緒に残っています。家中がカレーの匂いになって、外から帰ってすぐに献立がわかった人もいるでしょう。
いまは固形のルウやレトルト、スパイスを自分で合わせる作り方まで選択肢が広がりました。赤缶は仕上げの香りづけや炒め物にも使われています。それでも小麦粉から炒めるとろみの作り方は、昔の家庭のカレーを知る手がかりとして残っています。
あなたが覚えている家のカレーは、どんな色をしていましたか。黄色が強かったか、茶色に近かったか、どんな具が入っていたかを思い出すと、その頃の台所の窓や流しの形まで戻ってくるかもしれません。家ごとに違う味だからこそ、思い出も一つずつ違います。
S&Bの赤缶カレー粉を思い出す三つの手がかり
- まず、70代のS&Bの赤缶カレー粉にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いあなたの家のカレーは、ルウを使う前どうやって作っていましたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- エスビー食品 SPICE&HERB COMMUNITY「広報担当者が語る赤缶秘話」
- エスビー食品 プレスリリース「S&B 赤缶カレーパウダールウ 中辛」創業100周年記念商品(PR TIMES)
- 編集確認日:2026-10-22。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。