あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和47年(1972年)ごろのカシオミニ|手のひらにのった電卓と家計簿の夜

昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のカシオミニを手がかりに、家計簿や店の帳簿を小さな電卓で計算した夜を振り返ります。カシオ計算機の有価証券報告書と発売40周年の記事で発売年と大きさ・価格を確かめ、キーを押す感触や表示の光、今との違いをたどります。

昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のカシオミニを再現したイメージ。ちゃぶ台の上に置いた、低い角度の横から見た小さな電卓と、閉じた家計簿のノート、鉛筆。
昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のカシオミニを再現したイメージ。ちゃぶ台の上に置いた、低い角度の横から見た小さな電卓と、閉じた家計簿のノート、鉛筆。(イメージ)

60代の時間軸

カシオ計算機は有価証券報告書の沿革で、昭和47年(1972年)8月に「カシオミニ」を発売し、パーソナル電卓の市場を確立したと記しています。発売40周年の記事によると、発売日は8月3日で、当時としては画期的な12,800円の価格でした。本体は146×77×42mm、重さ315gで、6けたの蛍光表示管を備え、単三のアルカリ電池4本で約10時間使えたそうです。出荷台数は10か月で100万台に達したとも書かれています。この記事は発売年を起点にした回想で、どの家にも同じ年に電卓があったという意味ではありません。

乾電池を入れてスイッチを入れ、レシートや伝票を見ながら数字のキーを押していきます。家計簿をつける親の横で表示が変わるのを見ていた子どももいれば、店の帳簿や内職の計算に使った家もありました。それまでそろばんで計算していた人の中には、小さな箱が答えを出すことを最初は信じきれなかった人もいたかもしれません。

茶の間のちゃぶ台、商店の帳場、夜の台所のテーブル。キーを押すときのこつこつとした手ごたえ、暗い部屋でぼんやり光る数字、乾電池を入れたときにずしりと増す重さ、電池の減りを気にしてこまめにスイッチを切る指先が、柱時計の音と一緒に残っている人もいるでしょう。

いまは電卓がスマートフォンにも入っていて、計算のためだけの機械を持ち歩く人は減りました。それでも、経理や家計の仕事では、押しやすいキーの電卓を手元に置く人がいまもいます。家計簿もアプリで付けられるようになりましたが、夜にその日のレシートを並べる時間を大切にしている家もあるでしょう。

あなたの家で、電卓をいちばん使っていたのはだれでしたか。置いてあった場所、押していたときの横顔、答えが出たあとのため息やうなずきを思い出すと、夜の茶の間の明かりまで戻ってくるかもしれません。

カシオミニを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のカシオミニにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたの家で、電卓をいちばん使っていたのはだれでしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。