あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和45年(1970年)ごろの象印の電子ジャー|ふたを開けると湯気が立った保温のごはん

昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)の象印の電子ジャーを手がかりに、炊いたごはんを移して温かいまま食べた食卓を振り返ります。象印マホービンの沿革と取材記事で発売年と仕組みを確かめ、ふたを開けたときの湯気やしゃもじの感触、今との違いをたどります。

昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)の象印の電子ジャーを再現したイメージ。台所の台に置いた丸い保温ジャーのふたを開け、湯気の立つ白いごはんとしゃもじ。
昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)の象印の電子ジャーを再現したイメージ。台所の台に置いた丸い保温ジャーのふたを開け、湯気の立つ白いごはんとしゃもじ。(イメージ)

60代の時間軸

象印マホービンは沿革で、昭和45年(1970年)に本社ビルと滋賀工場が完成し、電子ジャーを新しく発売したと紹介しています。家電の取材記事によると、電気で加熱と温度調節を行う世界初の電子ジャーとして開発され、これをきっかけに同社は家電の分野へ本格的に参入しました。記念館には昭和45年発売の「RH型」が展示され、昭和49年(1974年)には炊飯から保温までできる電子ジャー炊飯器も出たそうです。この記事は発売年を起点にした回想で、どの家の台所にも同じ年に置かれたという意味ではありません。

ガス釜や電気釜で炊き上がったごはんを、しゃもじでほぐしながらジャーへ移し、ふたを閉めて保温します。夕飯に遅れて帰る家族の分を入れておいた家もあれば、朝にまとめて炊いて昼や夜まで入れておく家もありました。それまでおひつで冷めたごはんを食べていた家では、時間がたっても温かいことに驚いた人もいたでしょう。

台所の流しの横の台、食器棚の前の小さな棚、茶の間のちゃぶ台のわき。ふたを持ち上げた瞬間にふわっと立つ湯気、ふたの内側にたまった水滴、しゃもじにのったごはんのもちっとした重さ、長く保温したごはんの少し香ばしい匂いが、夕方の台所の包丁の音と一緒に残っている人もいるでしょう。

いまは炊飯器そのものに保温の機能があり、ごはんを別の器に移す手間はほとんどありません。炊いたごはんを小分けにして冷凍し、電子レンジで温める家も増えました。それでも、炊きたてを温かいまま待たせておくという考え方は、あのころの台所で少しずつ当たり前になっていったのかもしれません。

あなたの家では、遅く帰った人のごはんをどうしていましたか。ジャーに入れていたのか、お皿に布巾をかけていたのか、台所に残っていた匂いや明かりを思い出すと、待っていてくれた人の姿まで戻ってくるかもしれません。

象印の電子ジャーを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代の象印の電子ジャーにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたの家では、遅く帰った人のごはんをどうしていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。