あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和49年(1974年)ごろの永谷園のあさげ|お湯を注ぐとふくらんだフリーズドライのみそ汁

昭和49年〜昭和53年(1974〜1978年ごろ)の永谷園のあさげを手がかりに、お湯を注ぐだけのみそ汁が食卓に加わったころを振り返ります。永谷園の発表と取材記事で発売年と当時の価格を確かめ、具がふくらむ様子やみその香り、今との違いをたどります。

昭和49年〜昭和53年(1974〜1978年ごろ)の永谷園のあさげを再現したイメージ。朝の食卓に置いた、湯気の立つ黒い木のおわんのみそ汁と、ごはん茶わん、焼き魚の小皿。
昭和49年〜昭和53年(1974〜1978年ごろ)の永谷園のあさげを再現したイメージ。朝の食卓に置いた、湯気の立つ黒い木のおわんのみそ汁と、ごはん茶わん、焼き魚の小皿。(イメージ)

60代の時間軸

永谷園は発売50周年の発表で、「あさげ」が手作りに負けないおいしい高級みそ汁を目指して、フリーズドライ製法を採用したと紹介しています。1食10円の商品が主流だったなかで40円という高い価格だったにもかかわらず大ヒットし、昭和50年(1975年)に白みその「ゆうげ」、昭和51年(1976年)に赤だしの「ひるげ」が続いたそうです。取材記事によると、発売は昭和49年(1974年)で、発売初年に14億円、翌年に36億円を売り上げました。この記事は発売年を起点にした回想で、どの家の食卓にも同じ年に並んだという意味ではありません。

おわんに中身を入れてお湯を注ぎ、はしでかき混ぜると、乾いた具がふくらんでいきます。朝の忙しい日に使った家もあれば、夜食や単身赴任の部屋、受験生の夜の机で飲んだ人もいました。みそ汁は毎朝なべで作るものと考えていた家では、お湯だけでできることに驚いた人もいたでしょう。

朝の食卓、ポットのお湯が置かれた職場の休憩室、寒い夜の台所。お湯を注いだ瞬間に立ちのぼるみその香り、具がほどけてふくらむ様子、おわんを両手で持ったときの温かさ、ひと口すすって体の内側があたたまる感じが、窓の外の冬の暗さと一緒に残っている人もいるでしょう。

いまはフリーズドライのみそ汁やスープが、具や味ごとにずらりと並び、職場やひとり暮らしの部屋に常備するのも当たり前になりました。永谷園は昭和60年(1985年)に生タイプも出しています。みそ汁をなべで作る日も、お湯で作る日も、その日の都合で使い分けるのがふつうになっています。

あなたの家のみそ汁は、どんな具が多かったですか。だれが作っていたのか、朝と夜のどちらに出ていたのかを思い出すと、食卓に座っていた家族の顔ぶれまで戻ってくるかもしれません。

永谷園のあさげを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代の永谷園のあさげにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたの家のみそ汁は、どんな具が多かったですか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。