あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和45年(1970年)ごろのヤクルトのジョア|配達の箱から取り出したくびれた容器

昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)のヤクルトのジョアを手がかりに、届けてもらった飲むヨーグルトを手に取った朝を振り返ります。ヤクルト本社の沿革と中小企業基盤整備機構の記事で発売の年と名前の由来を確かめ、手になじむ容器の形やとろりとした口当たり、今との違いをたどります。

昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)のヤクルトのジョアを再現したイメージ。アパートの玄関先の、ふたを開けた木の配達受け箱に入った、くびれのある白い小さな容器。
昭和45年〜昭和49年(1970〜1974年ごろ)のヤクルトのジョアを再現したイメージ。アパートの玄関先の、ふたを開けた木の配達受け箱に入った、くびれのある白い小さな容器。(イメージ)

60代の時間軸

ヤクルト本社の沿革には、昭和45年(1970年)に「ジョア」を発売したと記されています。J-Net21の記事によると発売は同年11月で、世界初の飲むタイプのヨーグルトとして売り出されたそうです。当時「ヤクルト」を飲む人のおよそ6割が子どもだったため、大人向けの第2の製品として開発され、名前にはフランス語で喜びや明るさを意味する「Joie」が選ばれました。内容量は125ミリリットルで、容器には手にフィットするくびれを付けたとも書かれています。この記事は発売年を起点にした回想で、どの家にも同じ年に届いたという意味ではありません。

玄関先の受け箱から容器を取り出し、ふたをはがしてとろりとした中身を飲みます。家族で分けて飲んだ家もあれば、大人だけが飲んでいた家、配達の人から直接受け取っていた家もありました。J-Net21の記事は、発売当初は「どろどろして飲みにくい」という声もあったと伝えています。冷蔵庫で冷やしてから飲むか、届いてすぐ飲むかも家ごとの習慣だったでしょう。

アパートの玄関の受け箱、団地の階段の踊り場、台所の冷蔵庫の扉。くびれに指がかかる容器の握りやすさ、ふたをはがすときのぺりっとした手ごたえ、ゆっくり流れてくる重たい口当たり、ほのかな甘酸っぱさが、朝の冷えた空気や新聞を取りに出たときの足音と一緒に残っている人もいるでしょう。容器の底に残った分を、振って飲み切ろうとした記憶もあるかもしれません。

いまは飲むヨーグルトがスーパーやコンビニに当たり前に並び、大きなボトルや紙パックで買うこともできます。配達を頼む家もあれば、店で選ぶ家も多くなりました。J-Net21の記事によると、ジョアは発売2年後の昭和47年(1972年)に一日の出荷本数177万本に達しています。大人向けとして生まれた飲み物が、どの年代の人の手にも渡っていったことが分かります。

届けてもらうのが当たり前だった家もあれば、店で買ってきた家、飲んだことがないという家もあったでしょう。住まいが団地か一軒家か、配達の人が来る時間がいつだったかでも、思い出す場面は違います。あなたの家に届いていたものの中で、いちばん楽しみだったのは何でしたか?

ヤクルトのジョアを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のヤクルトのジョアにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたの家に届いていたものの中で、いちばん楽しみだったのは何でしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。