あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

平成5年(1993年)ごろのヤマハのPAS|坂の途中でふっと軽くなった電動アシスト自転車

平成5年〜平成9年(1993〜1997年ごろ)のヤマハのPASを手がかりに、買い物や送り迎えで坂道を上った日々を振り返ります。ヤマハ発動機の技術紹介と政府広報オンラインで発売の経緯と年を確かめ、こぎ出しの軽さや電池の重さ、今との違いをたどります。

平成5年〜平成9年(1993〜1997年ごろ)のヤマハのPASを再現したイメージ。住宅街のゆるい坂のふもとに止めた、前かごと後ろの子ども乗せ、座席の後ろに四角い電池を付けた自転車。
平成5年〜平成9年(1993〜1997年ごろ)のヤマハのPASを再現したイメージ。住宅街のゆるい坂のふもとに止めた、前かごと後ろの子ども乗せ、座席の後ろに四角い電池を付けた自転車。(イメージ)

60代の時間軸

ヤマハ発動機の技術紹介によると、人の力を動力で補う考えは古く、昭和48年(1973年)に小型エンジン付きの自転車、昭和57年(1982年)にエンジン付きのマウンテンバイクを試作していました。平成元年(1989年)に「パワー・アシスト・システム」を載せた試作車を作り、これが電動アシスト自転車PASの原型になったそうです。製品にするには道路運送車両法や道路交通法との兼ね合いが焦点になり、官庁への説明と提案を重ねました。平成5年(1993年)7月に発表し、11月に神奈川・静岡・兵庫の3県で内装3段変速の「ヤマハPAS」を限定発売、翌年4月に全国で売り出したと書かれています。この記事は発売年を起点にした回想の目安で、どの町にも同じ時期に届いたわけではありません。

政府広報オンラインは、PASの名がPower Assist Systemの略で、平成5年11月に世界で初めて量産化された電動アシスト自転車だと紹介しています。こぎ出すと人の踏む力に合わせてモーターが加わるので、買い物袋を積んだ帰り道や、子どもを後ろに乗せた送り迎えで使った人がいました。電池を外して家の中で充電し、朝また付けてから出かけるのが日課になった家もあったでしょう。

駅からの長い上り坂、団地へ続く斜面、保育園の前の細い道。踏み込んだ瞬間にふっと軽くなる足の感覚、モーターのかすかなうなり、四角い電池を持ち上げたときの重さ、カチリとはまる手ごたえが残っている人もいるはずです。夏の夕方、汗をかかずに坂の上に着いたときの涼しさや、雨の日に電池のふたを気にした記憶も、乗っていた道によって少しずつ違います。

いまは電動アシスト自転車が駅前の駐輪場に何台も並び、子ども乗せや通学用など形もさまざまになりました。電池は小さく軽くなり、走れる距離も変わっています。当時は珍しくて近所の人に試し乗りを頼まれた家もあれば、話には聞いてもしばらく普通の自転車で坂を押して上っていた家もありました。最初の一台が家に来た時期は、住んでいた土地の坂の多さでも違ったでしょう。

坂の多い町に住んでいた人と、平らな町に住んでいた人とでは、電動アシストへの思いがずいぶん違うかもしれません。買い物の帰り道だったか、子どもの送り迎えだったか、通勤の駅までだったかでも、浮かぶ場面は変わります。あなたがPASのような電動アシスト自転車を初めてこいだのは、どの坂でしたか?

ヤマハのPASを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のヤマハのPASにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたがPASのような電動アシスト自転車を初めてこいだのは、どの坂でしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。