あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和50年(1975年)ごろのまるか食品のペヤングソースやきそば|四角い容器を二人でつついた夜

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のまるか食品のペヤングソースやきそばを手がかりに、四角い容器のカップ焼きそばを下宿や部室で食べた時間を振り返ります。まるか食品の公式資料と日本食糧新聞で発売の年月と名前の由来を確かめ、ソースの匂いや今との違いをたどります。

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のまるか食品のペヤングソースやきそばを再現したイメージ。下宿の台所の台に置いた、ふたをはがした浅く四角い白い容器のソース焼きそばと割りばし、破った無地の小袋、やかん。
昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のまるか食品のペヤングソースやきそばを再現したイメージ。下宿の台所の台に置いた、ふたをはがした浅く四角い白い容器のソース焼きそばと割りばし、破った無地の小袋、やかん。(イメージ)

60代の時間軸

まるか食品のあゆみには、昭和50年(1975年)3月に「業界初の四角い容器のカップめん『ペヤング ソースやきそば』を発売する」とあり、同じ年の5月にはヒット商品になったと書かれています。日本食糧新聞によると、3月13日は発売日にちなむ「ペヤングソースやきそばの日」です。公式のまめ知識では、高価だったカップ麺を若いカップルに二人で一つ仲良く食べてほしいという願いから、「ペア」と「ヤング」で「ペヤング」と名付けたと紹介しています。この記事は発売の年を起点にした回想で、どの町の店にも同じ月に並んだという意味ではありません。

ふたを点線まではがし、別の小袋に入ったかやくを麺の上にあけてお湯を注ぎます。公式のまめ知識によると、具材をパックに包んだのはおいしさや清潔さ、保存性を考えてのことでした。待つ間に箸を割り、湯切りをしてからソースをかけて混ぜます。一人で平らげた人もいれば、友だちと箸を突っ込み合った人、兄弟で取り合いになった人もいたでしょう。

下宿の小さな流し台、試験前の部室の机、夜更かしした茶の間のこたつ。湯切りのときに流しへ落ちるお湯のぼこんという音、湯気と一緒に立ちのぼるソースの甘辛い匂い、四角い容器の角に麺が寄ってしまう感じ、底に当たる箸のこつこつという手ざわりを覚えている人もいるでしょう。容器の熱さに、ふちだけを指でつまんで運んだかもしれません。

公式のまめ知識によると、四角い容器は「屋台のやきそば」がモチーフで、「顔は四角でも味はまろやか」のフレーズとともに親しまれてきました。麺60〜65gが主流だった発売当時に麺90gだったので、パッケージに「Big!」と書いたそうです。平成元年(1989年)3月には麺180gの「パーティーサイズ」も出ています。いまは大盛りや超大盛りのカップ焼きそばが当たり前に並び、四角い容器も珍しいものではなくなりました。

試験勉強の夜食だった人も、休日の昼ごはんだった人も、売っている店が近くになく旅先で初めて食べた人もいるでしょう。住んでいた地域や暮らし方によって、カップ焼きそばとの出会いはずいぶん違いました。あなたがペヤングを食べたのは、誰と、どんな夜でしたか?

まるか食品のペヤングソースやきそばを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のまるか食品のペヤングソースやきそばにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたがペヤングを食べたのは、誰と、どんな夜でしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。