あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和44年(1969年)ごろの森永製菓のハイソフト|遠足のバスで包み紙をほどいた、やわらかいキャラメル

昭和44年〜昭和48年(1969〜1973年ごろ)の森永製菓のハイソフトを手がかりに、遠足や放課後にキャラメルの包みをほどいた日々を振り返ります。森永製菓の沿革と共同通信の報道で発売の年と近年の出荷休止を確かめ、包み紙の手ざわりや甘い匂い、今との違いをたどります。

昭和44年〜昭和48年(1969〜1973年ごろ)の森永製菓のハイソフトを再現したイメージ。遠足のバスの窓際の座席に置いた、無地の小さな紙箱と、ほどいた薄紙の上にのった四角い薄茶色のキャラメル。
昭和44年〜昭和48年(1969〜1973年ごろ)の森永製菓のハイソフトを再現したイメージ。遠足のバスの窓際の座席に置いた、無地の小さな紙箱と、ほどいた薄紙の上にのった四角い薄茶色のキャラメル。(イメージ)

60代の時間軸

森永製菓の沿革によると、同社は昭和36年(1961年)にエンゼルパイ、昭和42年(1967年)にキョロちゃんデザインのチョコボールを発売し、昭和44年(1969年)にハイソフトを発売しました。その後も昭和46年(1971年)に小枝チョコレート、昭和50年(1975年)にハイチュウと、新しい菓子が続いています。共同通信は、ハイソフトを1969年発売の定番商品で、ロングセラーのキャラメルだと伝えています。この記事は発売年を起点にした回想の目安で、どの町でも同じ年に食べ始めたという意味ではありません。

箱を開けてひと粒取り出し、包み紙をほどいて口に入れます。すぐに噛む人もいれば、舌の上でゆっくり溶かしながら長く味わう人もいました。遠足のおやつの決まった金額の中で選んだ人、習いごとの帰りに買ってもらった人、父親の上着のポケットから出てきたひと粒を覚えている人もいるでしょう。歯にくっつくのを気にしながら、それでも次のひと粒に手が伸びた記憶がある人もいるかもしれません。

遠足のバスの座席、校庭の木かげ、冬の帰り道のポケットの中。包み紙をほどくときのかさかさした音と指先に伝わる薄紙の手ざわり、口に入れたとたんに広がるミルクとバターのような甘い匂いが、窓の外の景色と一緒に残っている人もいるでしょう。暖房の効いた部屋では少しやわらかくなり、寒い外ではしっかり固かったという、季節による違いを覚えている人もいそうです。

共同通信によると、森永製菓は2026年5月21日、「ハイソフト〈ミルク〉」と「塩キャラメル」の出荷を休止していると明らかにしました。中東情勢の緊迫化で一部の原材料の調達が難しくなったためで、再開の時期は「未定」とされています。長く当たり前に店に並んでいた箱が棚から消えるかもしれないと知って、昔のひと粒を思い出した人もいるでしょう。いまはコンビニにさまざまなキャラメルや飴が並び、おやつの選び方そのものも、あのころとは違っています。

遠足のおやつに入れた人もいれば、家の菓子入れにいつもあった人、祖父母の家でもらった人もいます。噛む派と溶かす派、包み紙をきれいに伸ばしてとっておいた人もいるでしょう。思い出す場面は、育った地域や学校、家族の好みによってずいぶん違うはずです。あなたがハイソフトの包み紙をほどいたのは、遠足のバスの中でしたか、それとも別のどこかでしたか?

森永製菓のハイソフトを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代の森永製菓のハイソフトにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたがハイソフトの包み紙をほどいたのは、遠足のバスの中でしたか、それとも別のどこかでしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。