昭和55年(1980年)ごろのヤマハのポータサウンド|乾電池を入れて縁側へ持ち出した小さな鍵盤
昭和55年〜昭和59年(1980〜1984年ごろ)のヤマハのポータサウンドを手がかりに、鍵盤楽器を家のあちこちへ持ち出した日々を振り返ります。ヤマハのポータブルキーボード45周年のヒストリー(日本語版と英語版)で発売の年月と仕様、開発の考えを確かめ、ミニ鍵盤の手ざわりや電子の音色、今との違いをたどります。

50代の時間軸
ヤマハのポータブルキーボード45周年のヒストリーによると、バイオリンやギターのように手軽に持ち運べる小型鍵盤楽器を、という構想は1970年ごろの重役と技術者の雑談から生まれました。当時の試作機はずっしりと重く、いったん頓挫しましたが、1978年に技術者たちが再び開発に挑み、1979年に完成したポータブルキーボードは「ポータサウンド」と名付けられてシカゴのNAMMショーで発表されました。そして昭和55年(1980年)12月に「PS-1/PS-2/PS-3」が発売されています。開発では徹底した軽量化と低コスト化にこだわり、技術者たちはプラモデルを大量に買い込んで研究したそうです。この記事は発売年を起点にした回想の目安で、その年にどの家にも届いたという意味ではありません。
ポータサウンドは32鍵、37鍵、44鍵のミニサイズ鍵盤を持ち、オルガン、ストリングス、クラリネット、ピアノの4音色を内蔵して、最大同時発音数は8でした。ワルツ、スイング、ロック、ラテンの4種類のリズムも鳴らせました。小型で軽く、乾電池でも演奏でき、カーバッテリーにもつなげる手軽さが話題を呼び、発売1年後には日産6万台のヒットになったと書かれています。テレビで聴いた曲を耳で追いかけて弾いた人もいれば、リズムに合わせて思いつくままに鍵盤をたたいて遊んだ子もいました。
弾いていた場所は、子ども部屋の机の上、こたつの天板、夏休みの縁側。電池でも鳴るので、親戚の家や友達の家へ持って行った人もいたかもしれません。小さな鍵盤を押すときの軽い手ごたえ、内蔵のスピーカーから出る少し鼻にかかったような電子の音、電池が減ってくると音がよれていく感じを覚えている人もいるでしょう。本体を抱えて運んだときのプラスチックの軽さも、ピアノやオルガンとはまったく違うものでした。
ヒストリーによると、同じ年の1月にはカシオが先行してポータブルキーボードを発売しており、両社はその後、競い合いながら業界を引っ張っていきました。ヤマハの携帯できる鍵盤は、その後PSRシリーズやPSSシリーズへと受け継がれています。いまはスマートフォンの画面の鍵盤で音を鳴らすこともでき、録音も伴奏も手の中で済みます。電池を入れて電源を入れ、鍵盤を押して音が出るのを楽しんでいたころとは、音楽との出会い方がずいぶん変わりました。
ピアノ教室に通っていた人の練習用、楽器を習ったことのない家族の遊び道具、子ども部屋のおもちゃ。ポータサウンドの置かれ方は家によってさまざまで、弾いた曲も歌謡曲からテレビアニメの主題歌まで人それぞれです。鍵盤の小ささを指で覚えている人もいれば、リズムの音だけをよく覚えている人もいるでしょう。あなたがポータサウンドのような小さな鍵盤を最初に鳴らしたのは、家のどこでしたか?
ヤマハのポータサウンドを思い出す三つの手がかり
- まず、50代のヤマハのポータサウンドにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いあなたがポータサウンドのような小さな鍵盤を最初に鳴らしたのは、家のどこでしたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- ヤマハ「Entry Keyboards: 音楽人口の裾野を広げるために」(デジタルキーボード45周年ヒストリー)
- Yamaha「Entry Keyboards: Increasing the number of people who play music」(英語版)
- 編集確認日:2026-10-26。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。