あアノコロ記憶のタイムマシン
30代 ゲーム・遊び

平成7年(1995年)ごろの任天堂のバーチャルボーイ|スタンドの上の赤い画面をのぞき込んだ夏休み

平成7年〜平成11年(1995〜1999年ごろ)の任天堂のバーチャルボーイを手がかりに、立体の画面をのぞき込んで遊んだ日々を振り返ります。任天堂のトピックス記事とファミ通の記事で発売年と発売日、本体の形と画面の色を確かめ、のぞき込む感覚や今との違いをたどります。

平成7年〜平成11年(1995〜1999年ごろ)の任天堂のバーチャルボーイを再現したイメージ。障子越しの午後の光が入る畳の子ども部屋の低い机に置いた、細い二本脚のスタンドに載った双眼鏡のような赤と黒のゲーム機と、机に伸びた黒いケーブル。
平成7年〜平成11年(1995〜1999年ごろ)の任天堂のバーチャルボーイを再現したイメージ。障子越しの午後の光が入る畳の子ども部屋の低い机に置いた、細い二本脚のスタンドに載った双眼鏡のような赤と黒のゲーム機と、机に伸びた黒いケーブル。(イメージ)

30代の時間軸

任天堂のトピックス記事は、バーチャルボーイを任天堂が1995年に発売した、奥行きのある立体映像のゲームが楽しめるゲーム機と紹介しています。ファミ通の記事によると発売日は7月21日で、ゲーム機としては任天堂初の3D立体視対応ハードでした。左右の目で異なる映像を見る両眼視差によって立体的に見せる仕組みで、ゲームボーイの生みの親として知られる横井軍平氏が手がけたことでも有名です。

バーチャルボーイは頭に装着するのではなく、スタンドに据え付けてテーブルに置き、のぞき込んで遊ぶのが基本の形でした。付属のコントローラーはグリップが長く、左右対称の形で十字キーをふたつ備えた珍しい作りです。ローンチタイトルは『マリオズテニス』『ギャラクティックピンボール』『テレロボクサー』『レッドアラーム』『とびだせ!ぱにボン』の5本。ボールが奥から迫ってくるテニスに夢中になった人もいれば、宇宙のピンボールで手を止められなかった人もいたでしょう。

置き場所は子ども部屋の低い机や、居間のこたつの上。座る高さを合わせ、前かがみになって顔を寄せると、まわりの部屋が消えて赤い光だけが見えます。ファミ通の記事は、赤色LEDを使っているためか画面は赤と黒で表現されていたと書き、遊んでいるうちにあまり気にならなくなったという筆者の感想も添えています。のぞき窓のまわりに当たる額の感触、長く遊んだあとの目の疲れ、顔を上げたときの部屋のまぶしさを覚えている人もいるでしょう。

ファミ通は、バーチャルボーイが2011年発売のニンテンドー3DSより約16年も早く立体視に挑戦していたと書いています。そして任天堂は「Nintendo Switch Online + 追加パック」のサービスとして「バーチャルボーイ Nintendo Classics」を2月17日から配信し、当時のタイトルを専用ハードで遊べるようにしました。立体の画面をのぞき込む遊びは、長い時間をへて、形を変えて戻ってきたことになります。

バーチャルボーイの思い出は、手に入れたかどうかでまったく違います。発売日に買ってもらって夏休みじゅう遊んだ人もいれば、おもちゃ売り場で一度のぞいただけの人もいるでしょう。早すぎた機械として語る人もいれば、あの赤い奥行きこそが特別だったと言う人もいます。あなたがバーチャルボーイをのぞき込んだのは、自分の家でしたか、それとも店や友達の家でしたか?

任天堂のバーチャルボーイを思い出す三つの手がかり

  1. 任天堂のバーチャルボーイにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。