あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 ゲーム・遊び

昭和62年(1987年)ごろのシャープのX68000|ふたつの塔のような本体でゲームセンターの画面を部屋に持ち込んだ夜

昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のシャープのX68000を手がかりに、ツインタワーの本体の前でゲームや創作に打ち込んだ日々を振り返ります。情報処理学会コンピュータ博物館とAKIBA PC Hotline!の記事で発売の年月日と価格、性能を確かめ、本体の手ざわりや今との違いをたどります。

昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のシャープのX68000を再現したイメージ。暖かい電気スタンドの光が照らす夜の学生の部屋で、スチール机の上に置いたふたつの細い塔を並べた濃い灰色のパソコン本体と、電源の消えたブラウン管モニター、机に置いた無地のフロッピーディスク。
昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のシャープのX68000を再現したイメージ。暖かい電気スタンドの光が照らす夜の学生の部屋で、スチール机の上に置いたふたつの細い塔を並べた濃い灰色のパソコン本体と、電源の消えたブラウン管モニター、机に置いた無地のフロッピーディスク。(イメージ)

40代の時間軸

情報処理学会のコンピュータ博物館によると、X68000はシャープが1986年に発表し、1987年3月に発売した16ビットのパーソナルコンピュータで、「パーソナルワークステーション」とも呼ばれました。CPUにMC68000を使い、メモリは標準で1メガバイト、グラフィック画面はドットごとに65,536色の中から色を指定でき、FMステレオ音源8音と音声合成用のADPCM音源を載せていました。AKIBA PC Hotline!の記事によると、発売日は1987年3月22日で、本体価格は369,000円でした。

博物館の解説は、X68000がゲーム専用機に対してパソコンでできうる最高性能をめざし、当時アーケードゲームとして流行っていた「グラディウス」を本体に搭載したと書いています。ユーザーが高度なグラフィックを使ってゲームを製作できる環境も用意されていました。ゲームセンターと同じような画面を家で遊べることに驚いた人もいれば、雑誌を頼りに自分でゲームや絵を作り、仲間と見せ合った人もいたでしょう。

置き場所は自分の部屋のスチール机や、家族共用の部屋の隅。AKIBA PC Hotline!の記事は、マンハッタンシェイプと呼ばれるツインタワーの外見で、左のタワーにはオートロード・オートイジェクトに対応した5インチFDDが備わっていたと伝えています。ディスクがすっと吸い込まれる感触、ヘッドホン端子につないで聴いたFM音源の音、天面から押すとゆっくり出てくるキャリングハンドル。重い本体をそのハンドルで抱えて運んだ記憶がある人もいるかもしれません。

博物館によると、1988年にはX68000 ACEなどが発売され、X68000シリーズは1993年までに合計20機種が出ました。本体の色は当初オフィスグレーのみで、後にブラックモデルも加わったと記事は書いています。いまはパソコンでも家庭用ゲーム機でも、ゲームセンターと見分けのつかない画面が当たり前になり、ゲームを作る道具も手軽に手に入ります。高価な機械を前に、できることをひとつひとつ確かめていった時間の重みは、当時ならではのものでした。

X68000の思い出は、どれだけ手が届く値段に感じたか、まわりに詳しい仲間がいたかで大きく違います。アルバイト代をためて手に入れた人もいれば、友達の家や店頭でしか触れなかった人もいるでしょう。ゲームの移植作に夢中になった人もいれば、作る側に回るきっかけになった人もいます。あなたがX68000の前で過ごした夜は、遊ぶ時間でしたか、それとも何かを作る時間でしたか?

シャープのX68000を思い出す三つの手がかり

  1. シャープのX68000にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。