あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和54年(1979年)ごろのブルボンのエリーゼ|来客のお茶うけに並べた細長いウエハース

昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のブルボンのエリーゼを、来客の茶菓子や家のおやつに出た細長いウエハースとして振り返ります。ブルボンの沿革とHugKumの記事を読み、発売の年と同じころ出た袋入り菓子、クリームの種類と人気投票の結果を確かめました。

昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のブルボンのエリーゼを再現したイメージ。午後の暖かい光が入る居間の低い座卓で、かぎ針編みの敷物の上に置いた無地の白い箱のトレーに、溝の入ったウエハースでチョコレートと白いクリームをはさんだ細長い菓子が並び、一本は半分に割れて層を見せ、横にミルクティーのカップ。
昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のブルボンのエリーゼを再現したイメージ。午後の暖かい光が入る居間の低い座卓で、かぎ針編みの敷物の上に置いた無地の白い箱のトレーに、溝の入ったウエハースでチョコレートと白いクリームをはさんだ細長い菓子が並び、一本は半分に割れて層を見せ、横にミルクティーのカップ。(イメージ)

50代の時間軸

ブルボンの沿革には、1979年(昭和54年)の欄に「ピッカラ、エリーゼ発売」とあり、同じ年の年商は508億円と記されています。前後の年を見ると、1977年にチョコリエール、1978年にバームロールが出ていて、1975年には150円パッケージビスケットが大好評を博したと書かれています。1981年にはピッカラがモンドセレクションで金賞を受け、1982年にはチョコレート部門に参入しました。袋入りの焼き菓子を次々に増やしていた時期に、エリーゼはその列に加わりました。

HugKumの記事によると、エリーゼはさくっとしたウエハースの中にクリームを包み込んだお菓子で、クリームはチョコレートとミルクの2種類です。個包装なので配りやすく、来客のお茶菓子に出す家がありました。

出てくる場所は、居間の座卓や応接間のテーブル。かぎ針編みの敷物の上に皿を置き、細長い袋をいくつか並べます。袋の端を引くとぴりっと薄い音がして、中から溝の入った軽いウエハースが出てきました。かじると表面の細かい粉が膝や畳にこぼれ、あとでそれを指で集めた記憶のある人もいます。口の中ではウエハースがすぐにほどけ、クリームの甘さだけがしばらく残る。ミルクティーや紅茶の湯気の向こうで、大人の話が終わるまで、手にした一本をできるだけゆっくり食べようとした子どももいました。午後の光が座卓に差し、皿の上の細長い袋の影が少しずつ伸びていきました。

いまもエリーゼは店の棚に並んでいます。記事によれば、ブルボンが毎年2月28日のビスケットの日に合わせて開くビスケット総選挙で、2018年は299票で第7位、2019年は285票で第10位でした。2020年は「昭和生まれ」と「平成生まれ」に分けた投票で、エリーゼは昭和生まれの側に入り、2021年は「王道のサクサク派」として12商品中5位です。過去にはあまおう苺味やバナナ味、パイン味、チーズケーキ味などの期間限定の味も出ました。

エリーゼの記憶は、家の中でどんな役目のお菓子だったかで変わります。お客さんが来たときにだけ戸棚から出てくる特別な一本だった家があり、学校から帰ると袋ごと置いてあるふだんのおやつだった家もあります。ミルクの味だけを選んで食べ、チョコレートの味をきょうだいに回した人もいました。あなたの家でエリーゼが出てきたとき、先に手を伸ばしたのはチョコレートとミルクのどちらでしたか?

ブルボンのエリーゼを思い出す三つの手がかり

  1. ブルボンのエリーゼにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。