昭和41年(1966年)ごろのヤマハのFG180|下宿の畳の部屋の壁に立てかけた国産のフォークギター
昭和41年〜昭和45年(1966〜1970年ごろ)のヤマハのFG180を、下宿や部室で弾かれた国産のフォークギターとして振り返ります。ヤマハのニュースリリースと企業ミュージアム「イノベーションロード」の展示解説で発売年や「赤ラベル」の時期を確かめ、鉄の弦の音と指先の痛みをたどります。

70代の時間軸
ヤマハのニュースリリースによると、同社は1966年に独自設計のフォークギター「FG180」と「FG150」を発売しました。企業ミュージアム「イノベーションロード」の展示解説は、FG180をヤマハで初めての、そして国産で初めてのフォークギターと紹介しています。高い木工の技術による音色が評判になり、国内外の多くのプロが手にしたとも書かれています。
弾かれた場所は、大学の下宿、高校の部室、友達の家の奥の部屋。歌本を開いてコードの押さえ方を見ながら、何人かで回して弾きました。文化祭の前には部室に集まって同じ曲を何度も合わせ、弦が切れると替えを持っている人の部屋まで借りに走りました。
狭い下宿の畳の部屋では、ギターの置き場所は壁ぎわしかありません。座布団に座って膝に載せると、大きな胴の角が右腕の内側に当たり、表板の木の匂いがかすかに上がってきます。鉄の弦は、押さえ始めのころは左手の指先に赤い筋を残し、しばらくすると皮が固くなって痛みが薄れていきました。ピックで全部の弦をいっぺんに鳴らすと、低い弦の響きが畳と襖に吸われて、窓ガラスが小さく震えます。夜になると隣の部屋に気をつかって、サウンドホールにタオルを詰めて弾いた人もいました。弦を替えるときに巻き取った古い弦の先が指に刺さる痛みや、ペグを回して音を合わせるときのきしむ手ごたえも、ギターと一緒に残っている感覚です。
展示解説によれば、1968年ごろから72年ごろまでのFG180はサウンドホールの内側に赤いラベルが貼られ、「赤ラベル」と呼ばれていまも人気があります。2026年10月5日から11月23日まで、渋谷でヤマハギター発売60周年の企画展が開かれ、FG180をはじめとする歴代のモデルが並びます。いまはギターの弾き方を動画で覚える人が多く、友達の部屋で指の形を直接まねる場面は減りました。
FG180の思い出は、自分で買ったか、兄や先輩から譲られたかで違ってきます。同じ一本が何人もの手を渡り、最後は実家の押し入れで眠っているという話もあります。あなたがFG180で最初に弾けるようになった曲は、誰の部屋で、誰に教わったものでしたか?
ヤマハのFG180を思い出す三つの手がかり
- ヤマハのFG180にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- ヤマハ株式会社ニュースリリース「ヤマハギター60周年企画展『Yamaha Guitar 60th Anniversary at Shibuya』開催」(2026年)
- ヤマハ株式会社 イノベーションロード 展示コレクション「FG180」
- 編集確認日:2026-10-29。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。