昭和41年(1966年)ごろの日産のサニー|公募で名前が決まった1000ccの車で田んぼ道を走った日曜
昭和41年〜昭和45年(1966〜1970年ごろ)の日産のサニーを、家に来た初めての車として振り返ります。日産ヘリテージコレクションの解説とモーターファンの記事で、発売年月と価格、車名の決まり方を確かめ、ハンドル脇の変速レバーや農道の砂ぼこりの記憶をたどります。

70代の時間軸
日産ヘリテージコレクションの英語の解説によると、ダットサン・サニー1000(B10型)は1966年に発売されました。車名は発売前に公募され、寄せられた大量の応募の中から「サニー」が選ばれています。値段は会社勤めの人の平均的な収入を意識して決められ、発売から5か月で3万台が売れました。モーターファンの記事は発売を1966年4月としていて、スタンダードが41万円、デラックスが46万円。同じ年の12月には、月に売れた台数が1万台を超えたと伝えています。
エンジンは新しく開発したA型で、988cc、56馬力。変速機は3段で、レバーはハンドルの柱から横に生えていました。平日は父親の通勤や店の仕入れに使われ、日曜には弁当と水筒を積んで親戚の家や海水浴場へ向かいます。
置かれていたのは、門の脇に砂利を敷いただけの車庫や、農機具小屋の前のあき地です。日曜の朝に父親がボンネットを開けて水を足し、子どもは後ろの席でビニールのシートに脚を貼りつかせて出発を待ちました。窓はハンドルを回して下ろすので、腕が疲れて途中でやめた窓が半分だけ開いたまま走っていきます。舗装のない農道では小石が車体の下に当たってカンカンと鳴り、後ろの窓から振り返ると白い砂ぼこりが田んぼの上に流れていました。ガソリンスタンドで嗅いだ油の匂い、夏の昼に駐車場へ戻ったときのハンドルの熱さ、ドアを閉めたときの薄い鉄板の軽い音。おじいちゃんの家に着くと、縁側から見える車の屋根に西日が当たって、塗装がまぶしく光っていました。
ヘリテージコレクションの諸元では、全長が3,820mm、全幅が1,445mmで、最高速度は135km/hです。解説は、車体が今の小型車より小さいのに、若い家族の暮らしに合う室内の広さがあったと書いています。4ドアやクーペは後から加わりました。モーターファンの記事によると、同じ年の11月にはトヨタからカローラが出て、二つの車は長く販売を競います。いまの車は窓もドアの鍵もボタンで動き、エアコンがあたりまえで、真夏に窓を全開にして走る家族はあまり見かけません。
サニーの記憶は、その家で車が仕事の道具だったか、休みの日の楽しみだったかで違ってきます。農家では肥料の袋を積んで町の店まで往復し、勤め人の家ではたまの遠出の前の晩に磨かれていました。親戚が乗ってきた車を庭先で眺めただけの子どももいますし、自分で運転できる年になってから中古で手に入れた人の話もあります。あなたがサニーの後ろの席に座って出かけた先で、いちばん遠かったのはどこでしたか?
日産のサニーを思い出す三つの手がかり
- 日産のサニーにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 日産ヘリテージコレクション「Datsun Sunny 1000 Deluxe(1966: B10)」
- Motor Fan「カローラ最大のライバル、日産「サニー」が108万円~9代目ラストモデルへ」(2026年)
- 編集確認日:2026-10-29。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。