あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 学校・青春

昭和57年(1982年)ごろのミツカンのおむすび山|朝の台所で白いご飯に混ぜ、弁当箱に詰めた色つきのおむすび

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のミツカンのおむすび山について、ミツカンのロングセラー商品の紹介と商品情報、日本食糧新聞の記事で発売の年や名前の由来を確かめました。朝の台所で混ぜたご飯の色や、昼に弁当箱を開けたときの匂いをたどります。

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のミツカンのおむすび山を再現したイメージ。早朝の窓の光が入る台所の調理台で、曲げわっぱ風の木の弁当箱に青菜の粒と鮭色のかけらが混ざった三角のおむすびが二つ収まり、横に裏を向けた無地の小袋と、ご飯の入った無地の茶碗が置かれている。
昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のミツカンのおむすび山を再現したイメージ。早朝の窓の光が入る台所の調理台で、曲げわっぱ風の木の弁当箱に青菜の粒と鮭色のかけらが混ざった三角のおむすびが二つ収まり、横に裏を向けた無地の小袋と、ご飯の入った無地の茶碗が置かれている。(イメージ)

50代の時間軸

ミツカンのロングセラー商品の紹介によると、「おむすび山」は1982年(昭和57年)、「忙しい朝でも家族に持たせるお弁当は少しでもおいしく、彩りよく作りたい」という気持ちに応えようとして発売されました。名前は、両方の手をむすんで作る「おむすび」に、アウトドアやおむすびの形を思わせる「山」を組み合わせたものです。「むすぶ」には人や縁をむすぶという意味もある、と同じページは書いています。

炊きたてのご飯をボウルにとって小袋の中身を振り入れ、しゃもじで切るように混ぜる。白かったご飯が、青菜や鮭の色に変わっていきます。あとは手に水と塩をつけて握るだけでした。

冬の朝はまだ窓の外が暗く、台所の蛍光灯の下でご飯の湯気だけが白く見えます。袋を開けると、かつおや青のりの乾いた匂いが立ちました。熱いご飯を握る手のひらが赤くなり、指の間に米粒が付く。三角が崩れないように数回向きを変えてから、バットに並べて冷まします。昼休みの教室で弁当箱のふたを開けると、朝の匂いが少しだけ弱くなって戻ってきました。冷めたおむすびの表面は硬く、噛むと中はまだしっとりしていて、塩気のある粒が歯に当たります。アルミの弁当箱なら、ふたの裏に米粒が一つ二つ張りついています。隣の席の子のおむすびが違う色だと、つい何の味か聞きました。運動会や遠足の日には、海苔を巻いたものと混ぜごはんのものを両方持たされることもあります。

包装は1982年のあと、2008年や2012年のものへと変わってきました。今のミツカンの商品情報には「鮭わかめ」「青菜」「焼きたらこ」「ごま昆布」などが並び、「ねぎ油香る炒飯」のような味もあります。小学生の遠足や運動会を想定したファミリータイプ、部活や塾の合間に食べる中高生タイプと、食べる子の年齢で作り分けるようにもなりました。日本食糧新聞は2017年に、発売35年で春のラインアップが18品目あると伝えています。

握る人も、持たされた場面もさまざまです。母親が毎朝握っていた家もあれば、自分で混ぜるようになって初めて袋の裏を読んだ人、父親の弁当に入っていたのをもらった人もいます。あなたが弁当箱を開けたとき、おむすび山で握ったおむすびは何色をしていましたか?

ミツカンのおむすび山を思い出す三つの手がかり

  1. ミツカンのおむすび山にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。