あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 街・暮らし

平成10年(1998年)ごろのミツカンの金のつぶ|たれの小袋を破り、フィルムをはがして混ぜた朝の納豆パック

平成10年〜平成14年(1998〜2002年ごろ)のミツカンの金のつぶについて、ミツカンの商品開発の記事と研究開発の紹介、ニュースリリースで立ち上げの年や容器の工夫を確かめました。小袋のたれで汚れた指先や、混ぜるときの糸の手ごたえをたどります。

平成10年〜平成14年(1998〜2002年ごろ)のミツカンの金のつぶを再現したイメージ。朝のやわらかな光が差す和食の食卓で、無地の白い発泡容器の納豆から薄いフィルムがめくられ、木の箸が細い糸を引いて湯気の立つ白いご飯の茶碗の上へ持ち上げられ、横に無地のたれの小袋が置かれている。
平成10年〜平成14年(1998〜2002年ごろ)のミツカンの金のつぶを再現したイメージ。朝のやわらかな光が差す和食の食卓で、無地の白い発泡容器の納豆から薄いフィルムがめくられ、木の箸が細い糸を引いて湯気の立つ白いご飯の茶碗の上へ持ち上げられ、横に無地のたれの小袋が置かれている。(イメージ)

40代の時間軸

ミツカンの商品開発の記事によると、同社は1997年に、お酢の醸造で培った菌の育種や発酵の技術が生かせる分野として納豆事業へ本格的に参入し、翌1998年(平成10年)に新ブランド「金のつぶ」シリーズを発売しました。コンセプトは「納豆に新しい価値を生み出す」こと。たれの味で選ぶ楽しみや、使いにくい容器の改良が開発の柱に据えられます。研究開発の紹介でも、1997年の参入と「翌98年」の誕生が同じように語られ、そこから食感に目を向けたやわらかい納豆の菌の研究が続いていきます。

発泡の容器のふたを開け、薄いフィルムをはがす。糸がフィルムの裏に付いてくるので、それを箸でそっとこそげ落とす人もいました。たれの小袋は小さく、切り口を探して爪で引っかきます。

朝の台所は炊飯器の湯気と味噌汁の匂いでいっぱいです。冷蔵庫の扉がまた開きます。テーブルの真ん中に三つ続きのパックがあり、ひとつずつ折って切り離すとパリッと乾いた音がしました。小袋を破るとき、勢いがつくと茶色いたれが指に飛びます。服の袖に付いたら一日じゅう匂うので、セーターの朝は慎重になりました。箸でぐるぐる混ぜるうちに豆の表面が白く泡立ち、手首に少しずつ粘りの重さがかかってくる。持ち上げた糸は光を受けて細く伸び、ご飯の茶碗まで渡ってもなかなか切れません。冷蔵庫から出したばかりの豆は冷たく、熱いご飯にのせるとそこだけ湯気が弱くなります。食べ終わったあとの箸と茶碗は、ぬるま湯につけておかないと洗うときに苦労しました。

小袋とフィルムへの不満は、のちに容器そのものを変えていきます。ミツカンは2008年に、たれをゼリーにして小袋とフィルムをなくした「金のつぶ あらっ便利!」を発売し、溶けにくさや混ぜにくさへの声を受けて「金のつぶ パキッ!とたれ」を開発しました。やわらかい「とろっ豆」や、2006年に初代が出た「たまご醤油たれ」も同じブランドから生まれ、たれの味で棚の前で迷うのが普通になりました。

混ぜ方の流儀は家ごとに違います。からしを先に入れる家、たれを後から入れる家、卵を割り落とす家。子どもの分だけ親が混ぜてくれた朝もあれば、においが気になって家族の誰かは手をつけない食卓もありました。あなたの家の金のつぶは、ご飯にのせる前に何回くらい混ぜていましたか?

ミツカンの金のつぶを思い出す三つの手がかり

  1. ミツカンの金のつぶにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。