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70代 街・暮らし

昭和30年(1955年)ごろの東芝の自動式電気釜|夜明け前の流しの脇で蓋の下から湯気を上げていた丸い釜

昭和30年〜昭和34年(1955〜1959年ごろ)の東芝の自動式電気釜を手がかりに、かまどの番がいらなくなった台所を振り返ります。東芝ライフスタイルの製品史と家電 Watch の取材記事で、第一号機の型番、価格、スイッチが切れる仕組みを確かめました。

昭和30年〜昭和34年(1955〜1959年ごろ)の東芝の自動式電気釜を再現したイメージ。夜明け前の裸電球の下、タイル張りの流しの脇の木の棚で、小さな丸いアルミ色の電気釜の蓋の下から湯気が上がり、そばに木のしゃもじと無地の茶碗が置かれている。
昭和30年〜昭和34年(1955〜1959年ごろ)の東芝の自動式電気釜を再現したイメージ。夜明け前の裸電球の下、タイル張りの流しの脇の木の棚で、小さな丸いアルミ色の電気釜の蓋の下から湯気が上がり、そばに木のしゃもじと無地の茶碗が置かれている。(イメージ)

70代の時間軸

東芝ライフスタイルの製品史は、1955年のER-4を日本初の自動式電気釜の第一号機としています。東芝の家電部門から相談を受けた協力会社の光伸社が発明し、開発には3年を要しました。発売から4年後には全家庭の約半数に普及したと、同じ製品史は記しています。家電 Watch の取材によると、第一号機の価格は3,200円で、当時の大卒初任給は1万円でした。かまどにつきっきりの朝から離れたいという思いが、その高い買い物を後押しします。

前の晩に米を研いで水を張り、内釜と本体の間にも水を入れておきます。この水が蒸発する具合でスイッチが切れるのが「自動式」の仕組みでした。タイムスイッチと組み合わせれば、指定した時間に炊き上がります。

暗いうちに台所へ下りて裸電球のひもを引くと、流しのタイルがまだ冷たい。それなのに棚の上の釜は、蓋の下から白い湯気を上げていました。薪のはぜる音もなければ、煙で目が痛むこともありません。聞こえてくるのは、蓋の縁がかすかに震える音だけ。やがて炊きたての米の匂いが廊下まで流れて、子どもが布団のなかで鼻を動かします。木のしゃもじを差し入れると、内釜の底に米がこびりついていました。第一号機の内釜は軽くて薄いアルミ製で、食べ終えたら長く水に浸しておく必要があったと、家電 Watch は伝えています。おこげのない白いご飯を見て、物足りなさそうな顔をする祖母もいました。

東芝の内釜には1968年にフッ素加工が入り、1971年には保温の機能が加わります。1994年のIH、2022年の水の硬度に合わせた炊き分けと、製品史の年表は続きます。2015年の家電 Watch の取材では、会議室に置かれたER-4が通電してご飯を炊いていて、1粒1粒がやや小さく見えたと記者が書いています。いまの炊飯器は予約も保温もあたりまえで、湯気を確かめに起き出す人はいません。

町の電気屋が実物を運んできた家、農村で本家だけが先に買った家、ずっとかまどを手放さなかった家。あなたの家に電気釜が来た朝、最初に変わったのは起きる時間と台所の匂いのどちらでしたか?

東芝の自動式電気釜を思い出す三つの手がかり

  1. 東芝の自動式電気釜にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。