昭和39年(1964年)ごろのにんべんのつゆの素|鰹節屋が瓶に詰めただしを水で割った夏の昼
昭和39年〜昭和43年(1964〜1968年ごろ)のにんべんのつゆの素を手がかりに、そばつゆを水で割るようになったころを振り返ります。にんべんの沿革と製品ページ、当主へのインタビューで発売の年と開発の経緯を確かめ、瓶の口に残る一滴の匂いから今の品ぞろえまでをたどります。

70代の時間軸
にんべんの沿革は、1964年の欄に「つゆの素」を開発し発売する、と短く記すだけです。経緯は13代当主の髙津克幸氏がインタビューで語っています。濃縮のめんつゆは当時も各社から出ていましたが、鰹節の天然だしを使うものはありませんでした。味が良くなるとわかっていても、技術的に難しかったからです。そこへ商社の新東亜交易が、にんべんのブランドで新商品をと持ちかけました。一度は断り、それでも研究室で試作を始めます。試行錯誤の末、風味を生かすために濃度を3倍に下げ、いろいろな料理に使える形に仕上げて大ヒットになりました。にんべんは1699年に日本橋で鰹節と塩干類の商いを始めた店で、1969年には削り節のフレッシュパックも出しています。
瓶を傾け、器に少し注いで水で割ります。そばの日は薄めに、煮物の日は鍋へ直接。計量カップは出さず、色を見て決める家もありました。余った分は栓をして、冷蔵庫の扉の棚へ戻します。
暑い昼、台所の低い食卓に竹のざるが置かれます。ゆで上げたそばを流しで洗う水音が止まると、次はつゆの番でした。瓶の口には濃い茶色の一滴が残っていて、指につくと少しべたつき、鼻を近づけると鰹の匂いがします。水差しから注いだ水が器の中で渦を巻き、色がゆっくり薄まりました。ねぎを落とし、そばをくぐらせると、冷たさが歯にしみます。麦茶のグラスの外側を水滴が伝い、窓の外の光はまだ真上にありました。
製品ページには、3倍濃厚の300mlから1000mlまでと並んで、2倍濃厚の卓上400mlや有機つゆの素、北日本地区向けの佳味一品が載っています。同じ名前のまま、食卓に置く大きさと地域ごとの味が分かれました。
使い方は家ごとに少しずつ違い、そばだけに使う家もあれば、卵焼きに少し落とす家もありました。あなたの家でつゆの素を水で割る役目は、誰が、どの器でしていましたか?
にんべんのつゆの素を思い出す三つの手がかり
- にんべんのつゆの素にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- にんべん「沿革」
- にんべん「つゆの素」製品ページ
- ビジネス+IT「にんべん 13代当主 髙津克幸氏インタビュー」
- 編集確認日:2026-11-01。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。