昭和36年(1961年)ごろの鈴木楽器製作所のメロディオン|オルガンの順番を待たずに机の上で鳴らした音楽の時間
初号機は、作った会社の手元にも残っていませんでした。昭和36年〜昭和40年(1961〜1965年ごろ)の鈴木楽器製作所のメロディオンについて、同社の会社概要と製品の頁、初号機を探す呼びかけを伝えた神戸新聞の記事で、鍵盤の数やケースの色まで分かります。

60代の時間軸
鈴木楽器製作所の会社概要は、昭和36年(1961年)の欄に国内初の鍵盤ハーモニカ「メロディオン」の発売を記し、翌昭和37年(1962年)に組立工場を建てたと続けます。神戸新聞の記事が伝える初号機「スーパー34」は、34鍵盤で長さ約45cm×10cm。鍵盤の横のサイドカバーは赤色で、収納ケースは黒っぽい塩ビ製でした。製造は1961年から1971年ごろまで。ところが同社には保管品がなく、資料は写真しか残っていなかったため、創立70周年を前に所有者を探す呼びかけを始めています。
オルガンの前に交代で座る代わりに、一人一台を机に置いて、右手で鍵盤を押しながら息を入れます。同じ音を出せるのは息が続くあいだだけ。先生の合図で一斉に吹きはじめると、最初の一音がどうしても揃いません。
午後の音楽室は、窓の高いところから光が斜めに落ちて、机の上にほこりの筋が見えます。ケースの留め金をぱちんと外すと、塩ビの匂いと、前の時間の誰かの息の湿り気が混じって上がってくる。鍵盤は子どもの指には案外重く、押しこむと奥で小さな金属がびりびりと震えて、その振動が指の腹に返りました。あとで知ることですが、リードと呼ばれる小さな金属板は1秒間に数百回も震えています。吹きつづけると頭がぼうっとして、唄口は濡れて冷たい。教室じゅうで一度に鳴らす和音は教室の窓をかすかに揺らし、隣の組の授業に届くほどでした。終わりの合図のあと、本体を傾けて水気を払う手つきは、誰に習ったのか、いつのまにか同じになっていました。
製品の頁には、いまアルトのほかソプラノやバス、エレアコ、木製カバーのモデルまで並び、教育の枠を超えた楽器として紹介されています。唄口はまっすぐの立奏用とジャバラホースの卓奏用の2種類で、水で洗えます。同社によると、スーパー34を使っていた世代は1949年ごろから1964年ごろの生まれ。音楽室の記憶が、そのまま会社の探し物の手がかりになっています。
先生用の一台だけが教室の前にある学校では、順番を待つことに変わりはありませんでした。全員に行きわたった学校でも、ケースの色で自分の一台を見分けるのは一苦労です。メロディオンの34の鍵盤で、あなたが最初に指を置いたのはどの音で、そのとき吹いた曲は何でしたか?
鈴木楽器製作所のメロディオンを思い出す三つの手がかり
- 鈴木楽器製作所のメロディオンにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 鈴木楽器製作所「会社概要」
- 鈴木楽器製作所「鍵盤ハーモニカ メロディオン」
- 神戸新聞NEXT「61年前に発売、国内初の鍵盤ハーモニカ『スーパー34』を探しています」
- 編集確認日:2026-11-02。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。