あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 音楽

昭和54年(1979年)ごろのTEACの144ポータスタジオ|カセット一本に一人で音を重ねていった夜の机

スタジオを借りるお金のない人の机に、4トラックの録音機が載るようになりました。昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のTEACの144ポータスタジオについて、TASCAMの解説とTASCAM欧州の社史、MusicRadarの記事で、1979年の発売と『ネブラスカ』の録音を確かめ、カセットに音を重ねた夜をたどります。

昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のTEACの144ポータスタジオを再現したイメージ。夜のランプの光が落ちる寝室の木の机の上に、平たく幅広い銀灰色の金属の機械があり、左に短い縦のスライダー四本と小さな丸い黒いつまみ、右にふたの開いたカセットの差しこみ口と無地のカセット一本があり、短いコードのマイクと無地のヘッドホン、奥にぼんやりとアコースティックギターが見える。
昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のTEACの144ポータスタジオを再現したイメージ。夜のランプの光が落ちる寝室の木の机の上に、平たく幅広い銀灰色の金属の機械があり、左に短い縦のスライダー四本と小さな丸い黒いつまみ、右にふたの開いたカセットの差しこみ口と無地のカセット一本があり、短いコードのマイクと無地のヘッドホン、奥にぼんやりとアコースティックギターが見える。(イメージ)

50代の時間軸

TASCAMの解説は、1979年にTEACが送り出した144 PORTASTUDIOを、標準のカセットテープを使う世界初の4トラック・マルチトラック・レコーダーと紹介しています。発売時の価格は米国で$899、重さは約9kg。そのなかに多重録音、イコライザー、ピンポン録音が入っていました。BillboardやPro Sound Newsは「史上もっとも革命的な製品」と呼んだそうです。TASCAM欧州の社史でも、Portastudioのシリーズは1979年に始まったと書かれています。

最初にリズムのギターを録る。ヘッドホンで聴きながら次のトラックへ歌を入れ、また次へ。三つ埋まったら、それを一本にまとめて空きを作るのがピンポン録音です。そのたびに音は少し遠くなりました。

机の上の銀色の機械は、ラジカセとは重さが違いました。持ち上げると腕にくる。ランプの下で右のふたを開け、カセットを差しこみ、左の四本のスライダーのうち一本だけを上げる。ヘッドホンを片耳にずらしてマイクに顔を寄せると、さっき録った自分のギターが少し遅れて聞こえる気がします。録音のボタンを押した瞬間にカチッとリレーの音が入り、モーターがかすかに回りはじめる。一回まちがえると、巻き戻しの高いキュルキュルを聞きながらやり直しです。家族が寝たあとに歌うので、声は自然と小さくなりました。ギターを抱えたままスライダーに手をのばすと、ボディの角が机に当たってコツンと鳴り、それもテープに残ります。夜中の二時ごろ、四つの音をいっしょに鳴らしてみると、自分が四人いるようなのに、窓の外は静かなままでした。テープの残りが少なくなると、窓から見える透明なリールの片側だけが細くなっていく。

ブルース・スプリングスティーンの1982年のアルバム『ネブラスカ』は、自宅で144を使って録音されました。MusicRadarの記事は、ローディが買ってきたこの機械で寝室に録音の場を作ったと書いています。TASCAMは2018年にModelシリーズを出し、いまはパソコンの画面で何十トラックでも重ねられます。テープの残量を気にする夜は、なくなりました。

鼻歌だけを重ねたカセットや、弟に頼みこんでコーラスを入れてもらったカセットが、バンドの練習用のテープと一緒に押し入れの箱に残っている家があります。TEACの144で四つのトラックのうち、あなたが最初に入れたのは何の楽器でしたか?

TEACの144ポータスタジオを思い出す三つの手がかり

  1. TEACの144ポータスタジオにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。