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40代 ゲーム・遊び

昭和60年(1985年)ごろのセガのUFOキャッチャー|ピンクのショーウインドウを横と奥の二つのボタンで狙った入口

開発中の名前はイーグルキャッチャーでした。昭和60年〜平成元年(1985〜1989年ごろ)のセガのUFOキャッチャーを、セガの沿革にある1985年の発売、ファミ通に載ったセガの発表が語る開発の狙い、GAME Watchが伝える1985年5月の発売と当初の評判から振り返ります。

昭和60年〜平成元年(1985〜1989年ごろ)のセガのUFOキャッチャーを再現したイメージ。明るい蛍光灯に照らされたボウリング場のロビーの磨かれた床に、薄いピンクの金属枠のガラス張りの背の高い機械が立ち、中に銀色の円盤形のクレーンと細い二本の腕、顔のないパステルカラーの丸い小さなぬいぐるみの山があり、下の盤に大きな丸い押しボタンが二つ付いている。
昭和60年〜平成元年(1985〜1989年ごろ)のセガのUFOキャッチャーを再現したイメージ。明るい蛍光灯に照らされたボウリング場のロビーの磨かれた床に、薄いピンクの金属枠のガラス張りの背の高い機械が立ち、中に銀色の円盤形のクレーンと細い二本の腕、顔のないパステルカラーの丸い小さなぬいぐるみの山があり、下の盤に大きな丸い押しボタンが二つ付いている。(イメージ)

40代の時間軸

セガの沿革は、世界初の体感ゲーム『ハングオン』と並べて1985年の欄に『UFOキャッチャー』の発売を載せています。GAME Watchの記事では1985年5月。ファミ通に掲載されたセガの発表によると、開発名はイーグルキャッチャーで、「女性やお子様にプレイしてもらいたい」「ゲームセンターの入口に置いてもらいたい」という考えから始まりました。明るい印象のピンク色でショーウインドウをイメージし、目線の高さに景品が来る縦型にしたとあります。

クレーンを横へ動かしてから奥へ動かす。ボタンは二つで、2人同時に遊ぶこともできました。この手順は34年間変わっていないと、2019年の発表は書いています。

ボウリング場のロビーやデパートのゲームコーナーで、磨いた床の上にピンクの枠が立っていました。GAME Watchの筆者が初めて見たのは1986年前後のデパートの一角で、ほかの機械より大きく、ピンク色の筐体がとても目立っていたそうです。ただ一回100円は高いと感じ、友人たちも手を出さなかった。当初はあまり話題にならなかったと記事にはあります。百円玉の縁が指の腹に食いこむ感じを覚えているのは、その慎重さのせいです。一つ目のボタンを押すと、頭上の銀色の機械がモーターの低い音を立てて横へ滑り、指を離したところで止まる。もう押し直せません。ガラスに額を近づけて奥行きを測ると、自分の息でそこだけ曇りました。二つ目のボタンで奥へ送り、腕が開いて降りていく。つかんだように見えた景品は持ち上がる途中で傾き、ボウリングのピンの倒れる音がロビーの向こうで続いていました。

GAME Watchの記事が転機に挙げるのは、90年代以降のキャラクターのぬいぐるみです。1991年の『NEW UFOキャッチャー』のころには競走馬のぬいぐるみを車の窓際に並べるのが流行り、2001年の『UFOキャッチャー7』は白い本体で店の入口を明るくしました。いまは『UFOキャッチャー10』などが全国で動いています。最初の機種の中身がどんな景品だったか、店ごとの記憶は揃いません。

デパートの屋上階、ボウリング場のロビー、駅前の店の入口。お菓子の詰まった箱を覚えている人がいて、小さなぬいぐるみの山を覚えている人がいます。あなたがUFOキャッチャーに初めて百円を入れたとき、ピンクの枠のガラスの向こうで狙っていた景品は何でしたか?

セガのUFOキャッチャーを思い出す三つの手がかり

  1. セガのUFOキャッチャーにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。