昭和63年(1988年)ごろのバンダイのカードダス|20円を入れてレバーを回すと1枚だけ落ちてきた駄菓子屋の軒先
一回で出てくるのは、カード1枚だけでした。昭和63年〜平成4年(1988〜1992年ごろ)の軒先に置かれたバンダイのカードダスを、同社の沿革にあるカードゲーム市場への進出の年月、2015年のニュースリリースが書くドラゴンボールのシリーズの規模、GIGAZINEの記事にある20円という値段と最初の題材から振り返ります。

40代の時間軸
バンダイの沿革には、1988年7月の欄に「カードゲーム市場に「カードダス」で進出」とあります。GIGAZINEの記事によると、始まりは「カードダス20」という自動販売機の商品で、20円を入れてレバーを回すとカードが1枚出てくる仕組みでした。最初のシリーズは「聖闘士星矢」。なかでも、ガンダムの登場人物やモビルスーツの頭身を低くした「SDガンダム」がよく売れ、1990年には5枚1組で100円の「カードダス100」も登場しました。
バンダイの2015年のニュースリリースは、「ドラゴンボールカードダス」が1988年から1997年までに30弾まで続き、10年間で20億枚以上売れたと書いています。新しい弾が出たと聞けば、硬貨を握って店へ急ぎました。
自販機は駄菓子屋の軒先の、ラムネの冷蔵ケースの隣あたりにありました。硬貨を落とすと、中で小さく金属の鳴る音がする。レバーを回すと、カードが一段ずつ送られる手ごたえが指に返ってきて、最後に軽い音とともに1枚が受け口へ滑り出ます。取り出したカードは、雨の続く日には少し反っていました。表を見る前に、まず縁の光り方を確かめる。同じリリースが「当時はコレクションの難易度が高かった」と書くホログラムのカードは、傾けると色が流れて、一度出ると周りに人が集まりました。持ち帰った束は輪ゴムで留められ、ゴムの跡がいちばん上の1枚の角に残ります。
いまのカードは袋やパックで何枚かをまとめて買うことが多く、2015年の復刻版も6枚1パックでした。レバーを回すたびに1枚ずつ受け取る買い方とは、手に入る速さが違います。
同じ町でも、自販機を二台並べた駄菓子屋もあれば、一台も置いていない文房具屋もありました。SDガンダムを集めた年とドラゴンボールに移った年が、兄と弟で一年ずれている家もあります。カードダスでホログラムのカードが初めて出たとき、あなたはその1枚を財布、筆箱、カード用のファイルのどこにしまいましたか?
バンダイのカードダスを思い出す三つの手がかり
- バンダイのカードダスにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- バンダイ 企業情報「バンダイの歩み」
- バンダイ ニュースリリース『復刻版 ドラゴンボールカードダス セレクションブースター VOL.1』(2015年11月18日)
- GIGAZINE「バンダイの『カードダス』が累計販売枚数100億枚を突破」
- 編集確認日:2026-11-03。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。