あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 ゲーム・遊び

平成2年(1990年)ごろのSNKのネオジオ|スーパーの出口の脇で一台の筐体に入っていたいくつものゲーム

「凄いゲームを連れて帰ろう」。家庭用につけられた宣伝の言葉です。平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のSNKのネオジオを、SNKのニュースリリースにある1990年の誕生とROMカセットの仕組み、GAME Watchの記事が伝える家庭用の一般発売とレンタルの話から追いました。

平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のSNKのネオジオを再現したイメージ。平らな蛍光灯の光が落ちるスーパーの出口近くの隅に、画面の消えた暗い色の無地の縦長のゲーム筐体があり、盤に玉のついたレバーと丸いボタンの短い列が見え、前に丸椅子が一つ、そばに空の買い物かごが重ねてある。
平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のSNKのネオジオを再現したイメージ。平らな蛍光灯の光が落ちるスーパーの出口近くの隅に、画面の消えた暗い色の無地の縦長のゲーム筐体があり、盤に玉のついたレバーと丸いボタンの短い列が見え、前に丸椅子が一つ、そばに空の買い物かごが重ねてある。(イメージ)

40代の時間軸

SNKのニュースリリースは、ネオジオを「1990年にSNKが発売したアーケード用ゲーム機及び家庭用ゲーム機のプラットフォームの名称」と説明しています。業務用のソフトを基板からROMカセットに変え、ゲームを自由に交換できる仕組みを作りました。1台に複数のゲームを入れられ、価格も安く抑えたので、ゲームセンターのほか、スーパーや駄菓子屋にも置かれたといいます。家庭用も業務用と同じROMカセットを使いました。100メガを超える大容量は当時のゲームファンの憧れだったと、SNK自身が書いています。

GAME Watchによると、家庭用が一般向けに発売されたのは1991年7月1日で、それまでは基本がレンタルでした。同梱のコントローラーはジョイスティック。別売りのメモリーカードには、ゲームオーバーになった面のデータなどを残せました。

スーパーの一台は、たいてい出口の自動ドアの脇か、階段の下にありました。買い物かごを返す音とレジの電子音のあいだに、筐体のスピーカーから格闘ゲームの掛け声が割りこんでくる。蛍光灯の白い光が画面に映りこみ、角度を変えないと体力のゲージが見えません。丸椅子に腰を下ろすと、レバーの玉は前の人の手の汗で少しべたついていました。始める前に、入っているゲームの中から一本を選ぶ。同じ一台で、昨日とは別のゲームが遊べることもありました。母親の会計が終わるまでの一回は、レジの列の長さで決まります。袋詰めの台から名前を呼ばれると、ボタンを押したまま振り返りました。

SNKは2018年に「NEOGEO mini」を発表しました。40作品を内蔵し、3.5インチの液晶を載せて、テレビにつながなくても遊べる手のひらの大きさです。店の隅の一台は、いまは机の上に乗ります。

1994年に『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の第一作が出たころ、駅前のゲームセンターでは対戦台の前に人が並び、郊外のスーパーでは同じ筐体の前が空いていた、ということもありました。レンタルで一晩だけ家に来た記憶を持つ人もいます。ネオジオの筐体を初めて見たのはゲームセンター、スーパー、駄菓子屋のどこで、その一台では何本のゲームから選べましたか?

SNKのネオジオを思い出す三つの手がかり

  1. SNKのネオジオにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。