あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和43年(1968年)ごろのトヨタのハイラックス|三人がけの座席から振り返ると荷台にみかん箱が揺れていた

トヨタが企画し、日野自動車が開発と生産を受け持った小型のボンネット・トラックです。昭和43年〜昭和47年(1968〜1972年ごろ)のトヨタのハイラックスについて、トヨタの50周年サイトで荷台の長さや乗車定員を、くるまのニュースの記事で初代からの改良の順番を確かめました。

昭和43年〜昭和47年(1968〜1972年ごろ)のトヨタのハイラックスを再現したイメージ。晴れた朝、板壁の農家の物置の前の砂利の庭に、淡いクリーム色の二ドアの、短いボンネットの小型トラックが止まり、丸いライトと無地のグリルが見え、平らな荷台にみかんの入った木箱と巻いた縄が積まれ、地面に竹かごが置かれている。
昭和43年〜昭和47年(1968〜1972年ごろ)のトヨタのハイラックスを再現したイメージ。晴れた朝、板壁の農家の物置の前の砂利の庭に、淡いクリーム色の二ドアの、短いボンネットの小型トラックが止まり、丸いライトと無地のグリルが見え、平らな荷台にみかんの入った木箱と巻いた縄が積まれ、地面に竹かごが置かれている。(イメージ)

60代の時間軸

トヨタがハイラックスの50周年に開いたサイトでは、初代を1968年3月に発売した新型のボンネット・トラックとしています。ブリスカとライトスタウトを一つにまとめた後継で、トヨタが企画し、日野自動車が開発と生産を担当しました。エンジンはトヨエースと同じ1.5リッター・70PSの2R型、変速はハンドルの脇のレバーで操る4速のコラムシフトです。3名乗りで、積載量は1,000kg、荷台の長さは1,850mm。乗用車並みの装備をそろえたデラックスと、スタンダードの二つのグレードがありました。同じサイトは、小型トラックはのちに運転席が前に出たキャブオーバー型が主流になるものの、このころはボンネット・トラックの人気が高く、各メーカーが並べていたと書いています。

荷台が足りない仕事のために、1969年4月には荷台を2,250mmに延ばしたロングホイールベースの仕様が加わり、1970年7月にはアルミのバンと保冷車も出ました。

変速レバーがハンドルの横にあるので、床はすっきりしていて、ベンチのような座席に三人が並べます。真ん中に座ると、運転する父の左ひじが、ギアを入れるたびに肩に当たりました。砂利道に入ると座席ごと上下に揺れ、振り返った小窓の向こうで、荷台のみかん箱が少しずつずれていく。ボンネットの下からはエンジンのうなりが足もとまで伝わり、夏はビニールの座席が太ももに張りつきました。荷台の鉄板は朝の露で冷たく、昼には触れないほど熱くなる。積み下ろしのあと、荷台にはみかんの皮の匂いと、わらくずが残っていました。

同じサイトによると、1978年の3代目のカタログには「HILUX CALIFORNIA-日本生まれのアメリカ育ち」とあり、小型ピックアップを乗用車代わりやレジャーに使う提案をしています。1979年10月には初めての4WDが加わりました。くるまのニュースは、ハイラックスが2018年に生誕50周年を迎えたと伝えています。荷台は、仕事の道具を運ぶ場所から、遊びの道具を載せる場所にも広がっていきました。

みかん山の多い土地では、収穫の季節になると荷台の木箱が坂道の上から順に積み上がっていき、港町では同じ荷台に氷と魚箱が載りました。同じトラックでも、荷台の匂いは町によって違いました。ハイラックスの三人がけの座席で、あなたは運転席の隣と窓ぎわのどちらに座り、荷台には何が載っていましたか?

トヨタのハイラックスを思い出す三つの手がかり

  1. トヨタのハイラックスにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。