昭和32年(1957年)ごろの富士精密工業のプリンス・スカイライン|日曜の路地に一台だけ止まっていたテールフィンの車
航空機をつくっていた技術者たちが中心になって開発した高級乗用車です。昭和32年〜昭和36年(1957〜1961年ごろ)の富士精密工業のプリンス・スカイラインを、日産自動車が60周年に出したニュースリリースと、Car WatchとMotor Fanの記事にある寸法や社名の移り変わりから見ていきます。

70代の時間軸
日産自動車が2017年4月20日に出したニュースリリースは、スカイラインを「1957年4月24日に誕生した高級乗用車」と紹介しています。初代のALSI型は、同じクラスで最も高い60馬力のエンジンを積み、多くの人の憧れの車だったといいます。ただし生まれたのは日産ではありません。Motor Fanの記事によると、発売したのは富士精密工業で、中島飛行機の流れをくむ元航空機技術者が中心になって開発しました。社名は1961年に再びプリンス自動車に戻り、1966年に日産へ吸収合併されています。
Car Watchの記事が紹介する初代のプリンス スカイライン デラックスは、全長4280mm、全幅1675mm、全高1535mm。後ろのサスペンションには、ド・ディオン・アクスルを国産の乗用車として初めて使いました。Motor Fanは、テールフィンを持つボリュームのあるアメリカ風の形を特徴に挙げています。
路地の奥に一台だけ止まっていると、それだけで子どもが集まりました。めっきのバンパーに顔を近づけると、ゆがんだ自分の顔が映る。後ろへ回って、持ち上がったひれの先を指でなぞろうとして、持ち主の家の人に声をかけられる。乗せてもらえた日は、重いドアが閉まるときのくぐもった音と、座席の布の匂い、窓の外を流れる土ぼこりの舗装されていない道を覚えています。
日産のリリースによると、スカイラインは60年のあいだに国内で300万台を超えて売れ、同じ名前で続くモデルとしては日産でいちばん長い歴史を持つようになりました。Car Watchの記事は、この60周年の催しに歴代の13モデルが並んだと伝えています。いまは町じゅうに乗用車があり、一台の車のまわりに子どもが輪をつくる光景はまず見かけません。
東京や大阪の大通りでは何度も見かけた人がいる一方で、車そのものが珍しかった町では、写真や広告でしか知らなかった人もいます。同じ昭和30年代でも、見た場所によって覚えている色や大きさは違うでしょう。プリンス・スカイラインのテールフィンを、あなたが初めて間近に見たのは、どの通りの、誰の家の前でしたか?
富士精密工業のプリンス・スカイラインを思い出す三つの手がかり
- 富士精密工業のプリンス・スカイラインにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 日産自動車 ニュースリリース「スカイライン」誕生60周年記念イベント(2017年4月20日)
- Car Watch「日産、「スカイライン」誕生60周年記念イベント」
- Motor Fan「伝説はこれから始まった! 初代「プリンス・スカイライン」【今日は何の日?4月24日】」
- 編集確認日:2026-11-03。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。