昭和63年(1988年)ごろのセイコーのからくり時計|正時が近づくと、居間の壁を見上げて人形が出てくるのを待った
有楽町で人の足を止めた大きな時計を、家の居間にも。そう考えて作られた掛時計がありました。昭和63年〜平成4年(1988〜1992年ごろ)のセイコーのからくり時計について、セイコークロックのニュースリリースで初代の型番と人形の数を、BCN+Rの記事で発売までの流れを確かめました。

40代の時間軸
セイコークロックが2018年に出したニュースリリースは、話を1984年の東京・有楽町から始めます。そこに現れた「セイコー・マリオンクロック」が大変な人気を呼び、大型からくり時計のブームが起きました。記録によれば、1988年までにセイコーが設置した大型からくり時計は22都道府県で41台。時刻になるたびに足を止めて見上げる人の姿は、ニュースやドラマにも映りました。その時計を家庭へ、という思いで1988年に出たのが、初代の家庭用からくり時計「セイコー・ファンタジア(RE501B)」です。毎正時、メロディに合わせて12体の人形が見え隠れする。リリースは、家庭用としてはやや大型の掛時計だったと書いています。
ちょうどの時刻が近づくと、テレビの音を少し絞る。台所の手を止めて、居間の壁を見上げる。メロディを選べる機種なら、その月の曲を誰が決めるかで、夕飯の前にひと揉めすることもありました。
掛けるのは、家族が集まる部屋の、いちばん目につく壁でした。ふだんは秒針の小さな音と、ときどき光を返す金色の縁があるだけです。正時になると、まず軽いメロディが鳴り、閉じていた扉がかすかなモーターの音とともに開いて、小さな人形が順に顔を出す。夕飯どきなら、味噌汁の湯気と焼き魚の匂いのなかで、それを見上げることになります。子どもが椅子に乗って人形の扉にさわろうとすると、壁の時計は高くて届かない。来客があると、家の人は時刻を見計らって話を切り上げ、「もうすぐ鳴りますよ」と壁を指さしました。曲が終わって扉が閉じると、部屋はふだんの音に戻り、誰かが箸を動かす音がまた聞こえてきます。
30周年の記念モデルは、セイコーとして初めての世界共通仕様で、2018年3月16日から全国で売られました。モチーフは夜空の花火で、毎正時のメロディは3グループから選べ、動きはクオーツです。リリースには販売目標として年間20,000台とあります。いまは時刻を手元の画面で確かめる人が多く、壁の時計を見上げる回数そのものが減りました。
マリオンクロックを有楽町で見上げたことのある家と、駅前や商店街の大型からくり時計しか知らない町の家とでは、居間に掛かった一台を見たときの驚き方が違ったはずです。祖父母の家にだけあって、盆と正月に泊まりに行ったときしか動くところを見られなかったという記憶もあります。あなたの家や親戚の家のからくり時計は、どの部屋の壁に掛かっていて、夕方のどの時刻の人形がいちばん印象に残っていますか?
セイコーのからくり時計を思い出す三つの手がかり
- セイコーのからくり時計にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- セイコークロック ニュースリリース「家庭用からくり時計販売30周年記念モデル発売」
- BCN+R「セイコークロック、家庭用からくり時計の30周年記念モデル」
- 編集確認日:2026-11-03。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。