あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和54年(1979年)ごろのライオンのトップ|二槽式洗濯機のふたに箱を載せ、粉をすくって水へ落とした朝

洗剤のリンを減らしながら、汚れを落とす力は上げたい。ライオン油脂の研究者が「110作戦」と呼んだ課題の先に、この洗剤がありました。昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のライオンのトップについて、ライオンの年表と歴史資料館で発売の年と酵素を選んだいきさつを、ウォーカープラスの記事でその後の商品の流れを確かめています。

昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のライオンのトップを再現したイメージ。ベランダの朝の光のなかで、薄い水色の二槽式洗濯機のふたの上に、ふたを開けた無地の紙箱と白い粉に載った白い計量スプーンがあり、横のかごにたたんだ白いタオルが入っている。
昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のライオンのトップを再現したイメージ。ベランダの朝の光のなかで、薄い水色の二槽式洗濯機のふたの上に、ふたを開けた無地の紙箱と白い粉に載った白い計量スプーンがあり、横のかごにたたんだ白いタオルが入っている。(イメージ)

50代の時間軸

ライオンの年表を開くと、昭和54年(1979年)の欄に、ライオン油脂が「酵素パワーの洗濯用洗剤『トップ』を発売(カプセル酵素配合)」と書かれています。同社の歴史資料館の記事によれば、出発点は1970年代の湖や湾に広がったアオコや赤潮でした。洗剤のリンが疑われ、リンを減らしても落ちる洗剤が求められます。研究者たちは「衣料用洗剤の洗浄力を10%アップさせる」という目標に「110作戦」と名を付け、界面活性剤だけでは落ちない汚れを繊維に結びつけているのはタンパク質だと突き止めました。そこでデンマークのノボ社の協力で酵素を採り入れ、自社の洗浄成分AOSと組み合わせたのがトップです。翌1980年には『無りんトップ』が出ました。リン入り洗剤の販売を禁じる条例が施行される、3ヵ月前のことでした。

二槽式なら、まず洗濯槽に水をためる。箱を傾けて粉をすくい、回り始めた水へ落とす。洗い終わった服は濡れて重いまま、隣の脱水槽へ手で移しました。すすぎの水を替えるあいだに、次の洗い物を仕分けておきます。

洗濯機はベランダの端か、風呂場の脱衣所の隅に据えてありました。ふたの上に置いた箱は、湯気と水しぶきを毎朝浴びるので、底の角がだんだん柔らかくなっていく。粉をすくうと、石けんとは違う乾いた匂いが鼻に届き、指先にはさらさらした粒が残りました。タイマーのつまみを回すとジーッと音がして、洗濯槽が低くうなり出す。冬の朝は水道の水が刺すように冷たく、泡の立った水に手を入れると、粉の溶けたぬるさとも冷たさともつかない感触がありました。脱水槽がガタガタと揺れ始めると、誰かがふたを押さえに走る。止まったあとの静けさの中で、洗濯ばさみの付いたハンガーを持ってベランダへ出ました。

酵素パワーのトップは、2016年に国立科学博物館の未来技術遺産に登録されたと、ライオンの資料は書いています。ウォーカープラスの記事がたどる年表では、1988年にライオン初の超コンパクト洗剤「ハイトップ」が出て、のちに「トップ NANOX」の名が続きます。大きな箱を両手で抱えて棚へ戻した重さは、いまの洗濯機置き場には残っていません。

条例のあった土地では、ある年を境に店の棚の洗剤が入れ替わり、箱の「無りん」の文字を確かめてから買うようになった家がありました。同じころでも、近くに湖のない町では、その変わり目に気づかないまま同じ売り場の箱を手に取っていた人もいます。粉を量る道具も家ごとに違い、空き缶のふたを使う家、子どもの砂場遊びの古いスコップを流しの下にしまっておく家と、さまざまでした。トップの箱は、あなたの家では洗濯機のふたの上、流しの下、ベランダの棚のどこに置かれていましたか?

ライオンのトップを思い出す三つの手がかり

  1. ライオンのトップにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。