あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 テレビ・映画

昭和57年(1982年)ごろのセイコーのテレビウオッチ|袖の中にコードを通し、上着のポケットの受信機で番組を拾った腕の画面

腕時計に画面が付いていても、それだけではテレビは映りません。昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のセイコーのテレビウオッチを、セイコーの歴史のページで液晶の大きさと受けられた放送を、米国のSystem Source Computer Museumの解説で受信機とコードの使い方を確かめながら振り返ります。

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のセイコーのテレビウオッチを再現したイメージ。夜の机の上に、金属のバンドの四角いステンレスの腕時計があり、消えた小さな液晶画面から細い黒いコードが手のひらほどの濃い灰色の受信機の箱へ伸び、小さなイヤホンが横に置かれ、暖かいスタンドの光が当たっている。
昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)のセイコーのテレビウオッチを再現したイメージ。夜の机の上に、金属のバンドの四角いステンレスの腕時計があり、消えた小さな液晶画面から細い黒いコードが手のひらほどの濃い灰色の受信機の箱へ伸び、小さなイヤホンが横に置かれ、暖かいスタンドの光が当たっている。(イメージ)

50代の時間軸

セイコーの歴史のページは、1982年の欄に「世界初のテレビ付きウオッチを発売」と書いています。腕につける情報機器の開発を進めていたセイコーが、液晶の表示技術の進歩とともに商品にしたもので、1.2インチの液晶を載せ、国内で放送されるすべてのテレビ番組を見られ、FMラジオも聞けました。世界一小さいテレビとして、1984年のギネスブックにも載っています。

映すには、腕時計のほかに受信機が要りました。米国のSystem Source Computer Museumの解説によると、受信機はウォークマンほどの箱で、コードを上着の袖に通してポケットに隠し、イヤホンを耳に入れる。イヤホンのコードがアンテナの役目もしていました。

解説にある寸法では、時計は40×49×10mmで、ステンレスのバンドと電池を入れて80グラムを少し超え、受信機は電池2本を入れて190グラム近くあります。腕の時計よりも、ポケットの箱のほうが上着を重たく引っぱる。袖の中を通るコードはおよそ80cmで、腕を曲げるたびに裏地にこすれて、かすかに引っかかる感触がありました。夜、机のスタンドの下で画面をのぞくと、液晶は反応が遅く、明暗の差も小さいので、人の顔は灰色のにじみのように見えます。それでも片耳のイヤホンからは、居間のテレビと同じ時刻に同じ声が流れてくる。電車の中でそっと袖をめくり、腕を目の高さまで上げると、周りの視線が気になって、すぐに下ろしてしまうこともありました。

同じ解説によれば、テレビウオッチは1982年から1983年にかけて富士見と松本の工場で作られました。セイコーはこのあと1984年に、文字を覚えて電話帳やスケジュールに使える腕時計「腕コン」を出しています。いまの腕時計型の機械はコードも受信機の箱も持たず、手首の画面だけで用が足ります。

System Source Computer Museumの解説には、テレビウオッチは最初は東京と大阪でだけ売られ、あとから全国で買えるようになったとあります。地方に住んでいた人は、雑誌の記事や店のショーケースで見かけるだけで、実物に触れたのはずっと後だったかもしれません。テレビウオッチの小さな画面で、あなたや知り合いが最初に映そうとした番組は何で、受信機は上着のどのポケットに入っていましたか?

セイコーのテレビウオッチを思い出す三つの手がかり

  1. セイコーのテレビウオッチにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。