あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和47年(1972年)ごろのブリヂストンのヤングウェイ|荷台のフラッシャーを点けるか迷いながら、夕方の曲がり角を曲がった

ブリヂストンサイクルの資料は、ヤングウェイを「フラッシャーが特徴」と短く紹介しています。昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のブリヂストンのヤングウェイについて、同社のニュースリリースに載った子ども向け自転車の歴史で発売の年を確かめ、同じ時期のフラッシャー付き自転車の作りと広告をJAF Mateの記事で補いました。

昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のブリヂストンのヤングウェイを再現したイメージ。放課後の小学校の土の校庭に、銀青色のフレームの少年用スポーツ車がスタンドで立ち、M字のセミドロップハンドル、前に並んだ丸いライト、上の管の変速レバー、荷台の上の消えた横長の点滅灯が低い横から見える。
昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のブリヂストンのヤングウェイを再現したイメージ。放課後の小学校の土の校庭に、銀青色のフレームの少年用スポーツ車がスタンドで立ち、M字のセミドロップハンドル、前に並んだ丸いライト、上の管の変速レバー、荷台の上の消えた横長の点滅灯が低い横から見える。(イメージ)

60代の時間軸

ブリヂストンサイクルが新しい子ども用自転車の発表に添えた「子供たちを魅了してきた自転車の歴史」は、1970年代の欄にヤングウェイを置き、「1972年より発売を開始したフラッシャーが特徴」と紹介しています。スーパーカーの流行に合わせて電装のメカを積んだジュニアスポーツ車、ヤングウェイとモンテカルロが一世を風靡した、とも書いています。JAF Mateの記事によれば、フラッシャー付き自転車の始まりは、1969年に日米富士自転車が出した「富士ハイフラッシャー」とされ、そのあとブリヂストン自転車、ナショナル自転車、丸石自転車などが相次いでフラッシャー付きの車を出しました。

乗るのは放課後と日曜日。曲がる前にハンドルのスイッチを入れ、後ろの灯りを点滅させてから角を曲がりました。用もないのに友だちの家の前まで走り、門の前でわざと点けてみせる子もいました。

JAF Mateの記事が写真で紹介している同じ時期のフラッシャー付き自転車には、ゆるやかなM字のセミドロップハンドル、ダブルヘッドライト、変速のシフトレバーが付いています。記事にあるナショナル自転車の一台では、荷台のフラッシャーは6本の単2乾電池で動き、点けると電子音が鳴りました。その電池の箱が荷台にあるので、自転車を持ち上げると後ろだけが妙に重い。夕方、校庭の端でスイッチを入れると、オレンジの光が右へ左へ流れ、地面の土に色が映る。金属のハンドルは秋の終わりになると冷たく、握り直すたびに手のひらが鉄の匂いになりました。変速レバーをがちゃりと動かすと、チェーンが歯車を乗り換える音がして、坂の途中でもペダルが急に軽くなる。友だちと並んで走ると、隣のフラッシャーが少しずつずれて点滅しました。

同じ資料は、その後に中高生のステータスとなったロードマンや、アップハンドルが特徴のカマキリを、1980年代の欄に並べています。いまの子ども用の自転車の売り場で、荷台に大きな点滅灯を載せた車体を探しても見つかりません。

JAF Mateの記事でコレクターの七宮賢司さんは、小学5年生のときにテストで良い点数をとるからと親を説得して、フラッシャー付きの一台を買ってもらったと話しています。それでいて、本人は「恥ずかしくて点けませんでした」と笑う。曲がるたびに律儀に光らせた子もいれば、宝物のように飾っておいた子もいて、同じ自転車でも乗り方は一台ごとに違いました。ヤングウェイのフラッシャーを、あなたが初めて点滅させたのは、家の近くのどの曲がり角でしたか?

ブリヂストンのヤングウェイを思い出す三つの手がかり

  1. ブリヂストンのヤングウェイにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。