あアノコロ記憶のタイムマシン
30代 ゲーム・遊び

平成9年(1997年)ごろのバンダイのハイパーヨーヨー|公園の低い塀の前で覚えたての技を見せ合った放課後

下で回り続けるヨーヨーを、手首のひと引きで呼び戻す。平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のバンダイのハイパーヨーヨーについて、同社の沿革で発売の年と2年間の販売数を、2013年のニュースリリースで当時の主な遊び手と本体の素材を確かめました。

平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のバンダイのハイパーヨーヨーを再現したイメージ。長い影が伸びる夕方の住宅地の公園で、低いコンクリートの塀の上に、半透明の青いプラスチックの丸いヨーヨーが白い糸を巻いて置かれ、中に金属の軸が透けて見え、横に替えの白い糸が丸めてある。
平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のバンダイのハイパーヨーヨーを再現したイメージ。長い影が伸びる夕方の住宅地の公園で、低いコンクリートの塀の上に、半透明の青いプラスチックの丸いヨーヨーが白い糸を巻いて置かれ、中に金属の軸が透けて見え、横に替えの白い糸が丸めてある。(イメージ)

30代の時間軸

バンダイの沿革は、1997年の欄に競技用ヨーヨー「ハイパーヨーヨー」の発売を載せ、世界でヒットして2年間で約2,700万個を売ったと記しています。2013年のニュースリリースでは、1997年の発売が「ヨーヨーブーム」と呼ばれるほどのブームを起こしたこと、主な遊び手として考えていたのが小学生の男の子だったことに触れています。本体は、当時はプラスチック製でした。

ストリングの端の輪に中指を通し、手首を返して投げ下ろす。うまく決まれば下で回り続け、合図のひと引きで手のひらに戻ってきます。戻らずに糸の先で止まったときは、巻き直すところからやり直しでした。

練習の場所は、公園の低い塀の前や、団地の階段の踊り場でした。回っている本体からは、かすかな唸りのような音がする。何十回も投げているうちにストリングが指に食いこんで、中指の第一関節に赤い線が残りました。白かったストリングは数日で灰色になり、ほつれた先が手の甲をくすぐる。失敗した一投が地面に落ちると、透明な本体に細かい傷が増えていきます。夕方、塀の上に並べた何台かのヨーヨーが西日を受けて、色のついた影を落としていました。替えのストリングを持っている子のところには、自然と人が集まります。

2013年には、金属を削り出したアルミニウム製の「フルメタル機種」が上級者向けに出ました。KAI-YOUの記事によると、2024年の「ハイパーヨーヨーアクセル」は1997年の初展開から数えて4度目の復活で、ストリングを引くと本体の中が回る「アクセルシステム」を載せ、価格は1980円でした。投げずに回せる仕組みで、最初の一投の練習とは入り口が違います。

1997年の夏に自分で買った人と、翌年に兄のお下がりを受け取った人とでは、最初に覚えた技が違うことがあります。学校に持ちこめた土地もあれば、放課後の公園でしか出せなかった土地もありました。ハイパーヨーヨーで初めて人に見せた技を、あなたはどこの塀や階段の前で、誰に見てもらいましたか?

バンダイのハイパーヨーヨーを思い出す三つの手がかり

  1. バンダイのハイパーヨーヨーにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。