昭和39年(1964年)ごろのダスキンのモップ|押入れの古布で足りると断られた、貸しぞうきんの訪問
雑巾は押入れの古布でできる、と断られるところから始まった商いです。昭和39年〜昭和43年(1964〜1968年ごろ)のダスキンのモップについて、ダスキンの沿革と、同社が公開している社史の連載記事で、レンタルの始まりと料金、売り方の変化を確かめました。

70代の時間軸
ダスキンの沿革によると、創業は1963年2月で、水を使わないで清掃ができるダストコントロール商品のレンタルを、フランチャイズチェーンの形で始めました。社史の連載記事は、商品第一号を、業務市場向けのダストコントロールモップ「サニクリーンロール」と書いています。家庭用の化学ぞうきん「ホームダスキン」は、1964年6月に社名がダスキンに変わったあと、同年10月に全国発売が始まりました。モップは、家庭より先に、業務の場所で使われていたのです。
レンタル料金は、2枚1セットで2週間150円。初回だけ、同じ額の加入保証金を預かる決まりでした。東京の山手通りと目黒通りが交差するあたりで、社員が自転車の荷台に容器をくくりつけて家々を回ったものの、貸しぞうきんは要らないと断られるばかりだったといいます。
翌日、売り方が変わりました。社員は、断られても家の壁を拭いて見せてから帰り、その様子に近所の人が足を止めたと、連載記事にあります。大阪では、押入れの古布で足りるという主婦の足もとにあった、ホコリまみれの下駄をホームダスキンで拭いて見せ、壁も軽くひと拭きすると、汚れがとれていきました。乾いた布が畳や壁をすべる、さらさらした手ざわり。濡らさないので、拭いたあとに水の筋が残りません。
今のダスキンと聞いて思い浮かぶのは、モップやマットのレンタルに加えて、エアコンやお風呂の掃除、ミスタードーナツまで広がった姿かもしれません。1960年代の家庭用モップは、水を使わずに軽く押すだけでホコリがとれる道具で、日本家屋の床材は畳が多く、水を嫌うプリント合板や化粧石膏ボードなどの新建材も増えていたため、その手入れにも重宝されたと、同社の記事は書いています。
同じ昭和でも、貸しぞうきんへの反応は時期で大きく違いました。創業して3年が経った1966年になっても、「古布でいくらでもぞうきんができる。なぜぞうきんにお金を払わなくてはいけないのか?」というのが当時の主婦の一般的な反応で、家庭用のホームダスキンは苦戦していたと社史の連載は書いています。やがて広がったあとも、押入れの古布を使い続けた家と、貸し布を取りかえて使った家に分かれていたはずです。貸しぞうきんの取りかえの日、あなたの家ではまずどこを拭きましたか?
ダスキンのモップを思い出す三つの手がかり
- ダスキンのモップにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- ダスキン公式「沿革」
- ダスキン 喜びのタネまき広場「記録写真が語るダスキンヒストリー ぞうきんを貸す会社」
- ダスキン 喜びのタネまき広場「記録写真が語るダスキンヒストリー 主婦のニーズにマッチ」
- 編集確認日:2026-11-05。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。