昭和59年(1984年)ごろの任天堂のファミリーベーシック|大きなカセットを差して、キーボードから自分の画面を打ち込んだテレビの前
ゲームを遊ぶための機械に、キーボードがつながった。昭和59年〜昭和63年(1984〜1988年ごろ)の任天堂のファミリーベーシックについて、任天堂の沿革でファミコンの発売年を、ファミ通.comとGAME Watchの記事で発売日と遊べたモードを確かめました。

40代の時間軸
任天堂の公式沿革は、1983年に家庭用テレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売したと記しています。ファミ通.comによると、その翌年の1984年6月21日に出たのがファミリーベーシックです。ファミコンでプログラミング言語のBASICが使えるようになる周辺機器で、通常より少し大きい特殊なロムカセットとキーボードがセットになっていました。簡単なゲームのプログラムを、自分で作れました。
テレビの前に大きなカセットを差し、キーボードをつなぐと、ふだんのゲームとは別の画面が出ます。メインのモードはGAME BASICで、ここで簡単なゲームのプログラムを書きました。
ほかにも、電卓として使える「カリキュラムボード」、音楽を作れる「ミュージックボード」、メッセージを打ち込める「メッセージボード」、簡単な占いなどのモードがありました。プログラムを書かなくても、キーを押せば何かが画面に現れます。データのバックアップは、ロムカセットに乾電池を入れておこなったそうです。キーボードは机の上で場所を取り、ケーブルがテレビの前の床をのびていきました。キーを一つずつ探して押すうち、画面の文字が少しずつ増えます。消えた画面を覗くと、ブラウン管に自分の顔が映っていました。
1985年2月21日には、新しい命令を加えたロムカセット単体のファミリーベーシックV3が出ました。4つのサンプルプログラムが付いていて、買ってすぐに遊べたとファミ通.comは書いています。いまのゲームは、作る側に回るまでに何段階もの手順があります。当時は、買ったその日に画面へ向かって文字を打てる機械でした。
ファミ通.comの筆者は、ゲームを自作すれば無限に遊べると喜んだものの、何の知識もなく難しすぎて早々に挫折し、何年かあとに雑誌の「打ちこんでRUN」というコーナーのプログラムを打ち込んだだけだったと振り返っています。一方で、年上のユーザーはマイコンBASICマガジンを読んで、より高度なプログラムを打ち込んでいたようです。ゲームクリエイターの桜井政博さんは「これが無ければ私がゲーム業界に入ることもなく、つまりカービィもスマブラも生まれませんでした」と書き、ファミリーベーシックを「私の大先生です」と呼びました。ファミリーベーシックで最初に画面へ打ち込んだのは、ゲームのプログラムでしたか、ミュージックボードの音符でしたか?
任天堂のファミリーベーシックを思い出す三つの手がかり
- 任天堂のファミリーベーシックにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 任天堂 企業情報「沿革」
- ファミ通.com「ファミコンの周辺機器“ファミリーベーシック”が発売された日」
- GAME Watch「ファミリーベーシック発売37周年を記念し桜井政博氏がツイートを投稿」
- 編集確認日:2026-11-05。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。