あアノコロ記憶のタイムマシン
30代 ゲーム・遊び

平成3年(1991年)ごろのコンパイルのぷよぷよ|対戦も連鎖の声もまだ無かった、一人で色をそろえる最初の画面

誰かと競う前の、最初の『ぷよぷよ』は静かなパズルでした。平成3年〜平成7年(1991〜1995年ごろ)のコンパイルのぷよぷよを、ファミ通.comと電ファミニコゲーマーの記事で発売日と機種を、情報処理学会コンピュータ博物館の資料でMSX2規格の中身を確かめました。

平成3年〜平成7年(1991〜1995年ごろ)のコンパイルのぷよぷよを再現したイメージ。午後おそくの暖かい光が差す子ども部屋の床に、白と濃い赤のゲーム機の下へ細い灰色のディスク装置がつながり、機械の上には閉じた金属のふたを持つ淡い灰色の四角いディスクカードの無地の裏側が上を向いて置かれ、無地の四角いコントローラーと消えた小型テレビがその隣にある。
平成3年〜平成7年(1991〜1995年ごろ)のコンパイルのぷよぷよを再現したイメージ。午後おそくの暖かい光が差す子ども部屋の床に、白と濃い赤のゲーム機の下へ細い灰色のディスク装置がつながり、機械の上には閉じた金属のふたを持つ淡い灰色の四角いディスクカードの無地の裏側が上を向いて置かれ、無地の四角いコントローラーと消えた小型テレビがその隣にある。(イメージ)

30代の時間軸

ファミ通.comによると、元祖『ぷよぷよ』の発売日は1991年10月25日で、機種はファミコン ディスクシステムとMSX2でした。電ファミニコゲーマーは、上から落ちてくるぷよぷよを、同じ色で4個以上つなげて消すパズルだと説明しています。MSX2版は開発元のコンパイルから、ファミコン版は徳間書店インターメディアから発売されました。丸い生き物は、もともとコンパイルが作っていたRPG『魔導物語』から来たものです。

遊び方は一人用です。上から落ちてくるぷよぷよを動かして、同じ色をそろえていきます。4個以上つながれば消え、消えた分だけ積み上がった山が低くなりました。

MSX2という規格を、情報処理学会コンピュータ博物館はソニーのHB-F1の資料で説明しています。HB-F1は1986年11月に発売され、MSX2は512色から16色を選んで表示でき、256色の同時表示もできると書かれています。価格は32,800円。これは『ぷよぷよ』を遊んだ機種そのものではなく、MSX2という規格の一例です。ファミコンの側では、ディスクシステムの装置が本体の下につながり、ディスクを入れるたびに読み込みの待ち時間がありました。画面の色がそろって消えるたび、その音が静かな部屋に残りました。

元祖の時点では、会話デモも連鎖ボイスもありませんでした。対戦が初めて入ったのは、1992年10月に登場したアーケード版からです。コンパイルの経営破綻のあと、シリーズの権利はセガが引き継ぎました。

1991年の秋にMSX2やディスクシステムの前に座った人と、翌1992年10月のアーケード版ではじめて『ぷよぷよ』を見た人では、最初の記憶が違います。前者の最初の一回には、対戦相手がいませんでした。後者の最初の一回は、隣の台の画面と見比べる遊びだったかもしれません。電ファミニコゲーマーの記事は、のちに『ぷよぷよ』の人気を決めた会話や連鎖の声が、元祖の時点ではまだなかったと伝えています。最初の『ぷよぷよ』を、MSX2とファミコン ディスクシステムのどちらの前で遊び、同じ色がつながって初めて消えた瞬間を覚えていますか?

コンパイルのぷよぷよを思い出す三つの手がかり

  1. コンパイルのぷよぷよにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。