昭和のレコード大賞一覧|1959〜1988年の大賞曲と作曲者
この記事の結論
- 昭和の日本レコード大賞は、1959年(昭和34年)の第1回 水原弘「黒い花びら」から1988年(昭和63年)の第30回 光GENJI「パラダイス銀河」まで30回あります。
- 2年続けて大賞を取ったのは、細川たかし(1982・1983年)と中森明菜(1985・1986年)の2人です。
- 作詩家では阿久悠が5回で最多です。一覧は主催する日本作曲家協会の歴代大賞一覧で確かめた内容です。
大みそかの夜にテレビで見たレコード大賞。昭和の30回分を並べると、歌謡曲が茶の間の中心だった時代の流れが見えてきます。この記事では、日本レコード大賞の昭和の大賞曲を、作曲者・作詩者と一緒に一覧にしました。平成の30年分は平成のレコード大賞一覧にあります。
昭和のレコード大賞 一覧(1959〜1988年)
| 年 | 回 | 曲名 | 歌手 | 作曲 | 作詩 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1959年(昭和34年) | 第1回 | 黒い花びら | 水原弘 | 中村八大 | 永六輔 |
| 1960年(昭和35年) | 第2回 | 誰より君を愛す | 松尾和子/和田弘とマヒナスターズ | 吉田正 | 川内康範 |
| 1961年(昭和36年) | 第3回 | 君恋し | フランク永井 | 佐々紅華 | 時雨音羽 |
| 1962年(昭和37年) | 第4回 | いつでも夢を | 橋幸夫/吉永小百合 | 吉田正 | 佐伯孝夫 |
| 1963年(昭和38年) | 第5回 | こんにちは赤ちゃん | 梓みちよ | 中村八大 | 永六輔 |
| 1964年(昭和39年) | 第6回 | 愛と死をみつめて | 青山和子 | 土田啓四郎 | 大矢弘子 |
| 1965年(昭和40年) | 第7回 | 柔 | 美空ひばり | 古賀政男 | 関沢新一 |
| 1966年(昭和41年) | 第8回 | 霧氷 | 橋幸夫 | 利根一郎 | 宮川哲夫 |
| 1967年(昭和42年) | 第9回 | ブルー・シャトウ | ジャッキー吉川とブルー・コメッツ | 井上忠夫 | 橋本淳 |
| 1968年(昭和43年) | 第10回 | 天使の誘惑 | 黛ジュン | 鈴木邦彦 | なかにし礼 |
| 1969年(昭和44年) | 第11回 | いいじゃないの幸せならば | 佐良直美 | いずみたく | 岩谷時子 |
| 1970年(昭和45年) | 第12回 | 今日でお別れ | 菅原洋一 | 宇井あきら | なかにし礼 |
| 1971年(昭和46年) | 第13回 | また逢う日まで | 尾崎紀世彦 | 筒美京平 | 阿久悠 |
| 1972年(昭和47年) | 第14回 | 喝采 | ちあきなおみ | 中村泰士 | 吉田旺 |
| 1973年(昭和48年) | 第15回 | 夜空 | 五木ひろし | 平尾昌晃 | 山口洋子 |
| 1974年(昭和49年) | 第16回 | 襟裳岬 | 森進一 | 吉田拓郎 | 岡本おさみ |
| 1975年(昭和50年) | 第17回 | シクラメンのかほり | 布施明 | 小椋佳 | 小椋佳 |
| 1976年(昭和51年) | 第18回 | 北の宿から | 都はるみ | 小林亜星 | 阿久悠 |
| 1977年(昭和52年) | 第19回 | 勝手にしやがれ | 沢田研二 | 大野克夫 | 阿久悠 |
| 1978年(昭和53年) | 第20回 | UFO | ピンク・レディー | 都倉俊一 | 阿久悠 |
| 1979年(昭和54年) | 第21回 | 魅せられて | ジュディ・オング | 筒美京平 | 阿木燿子 |
| 1980年(昭和55年) | 第22回 | 雨の慕情 | 八代亜紀 | 浜圭介 | 阿久悠 |
| 1981年(昭和56年) | 第23回 | ルビーの指輪 | 寺尾聰 | 寺尾聰 | 松本隆 |
| 1982年(昭和57年) | 第24回 | 北酒場 | 細川たかし | 中村泰士 | なかにし礼 |
| 1983年(昭和58年) | 第25回 | 矢切の渡し | 細川たかし | 船村徹 | 石本美由起 |
| 1984年(昭和59年) | 第26回 | 長良川艶歌 | 五木ひろし | 岡千秋 | 石本美由起 |
| 1985年(昭和60年) | 第27回 | ミ・アモーレ | 中森明菜 | 松岡直也 | 康珍化 |
| 1986年(昭和61年) | 第28回 | DESIRE | 中森明菜 | 鈴木キサブロー | 阿木燿子 |
| 1987年(昭和62年) | 第29回 | 愚か者 | 近藤真彦 | 井上堯之 | 伊達歩 |
| 1988年(昭和63年) | 第30回 | パラダイス銀河 | 光GENJI | 飛鳥涼 | 飛鳥涼 |
出典: 一般社団法人日本作曲家協会「日本レコード大賞 歴代大賞一覧」(2026年10月24日確認)。曲名・歌手名の表記は公式ページに合わせています。
一覧から見える昭和の30年
1960年代の大賞は、中村八大・永六輔の組(「黒い花びら」「こんにちは赤ちゃん」)や、吉田正の作曲(「誰より君を愛す」「いつでも夢を」)が目立ちます。1965年には美空ひばりの「柔」、1967年にはグループサウンズのジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」が選ばれました。
1970年代は作詩家・阿久悠の時代です。尾崎紀世彦「また逢う日まで」(1971年)から、都はるみ「北の宿から」、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンク・レディー「UFO」と、1976〜1978年は3年続けて阿久悠の詞が大賞を取り、1980年の八代亜紀「雨の慕情」で5回目になりました。1974年の森進一「襟裳岬」は吉田拓郎の作曲、1975年の布施明「シクラメンのかほり」は小椋佳の作詞作曲で、フォークの作り手が歌謡曲の大賞を書いた年です。
1980年代の前半は演歌が続き、細川たかしが「北酒場」「矢切の渡し」で2年連続、五木ひろしが「長良川艶歌」で1973年の「夜空」以来2回目の大賞を取りました。後半はアイドルの時代で、中森明菜が「ミ・アモーレ」「DESIRE」で2年連続、1987年は近藤真彦「愚か者」、昭和最後の1988年は光GENJI「パラダイス銀河」でした。
思い出すときのメモ
- その曲を聞いたのは、レコード・ラジオ・テレビの歌番組のどれだったか。
- その年に自分や家族は何歳だったか(西暦・和暦・年齢 早見表で引けます)。
- 同じ年に映画館でヒットした邦画は1980〜90年代の邦画 配給収入1位一覧で確かめられます。
- その年に家にあった家電は何だったか。テレビや冷蔵庫がいつ広まったかは三種の神器の普及率で確かめられます。
- 平成に入ってからの大賞曲と比べると、作り手の顔ぶれが変わっていく様子がわかります(平成のレコード大賞一覧)。
レコード大賞は審査で選ばれる賞で、その年にいちばん売れたレコードを数えた結果ではありません。「あの年はこちらの曲のほうが流行っていた」という記憶とずれることがあるのは、そのためです。
よくある質問
第1回の日本レコード大賞は何の曲ですか?
1959年(昭和34年)の第1回で、水原弘の「黒い花びら」です。作曲は中村八大、作詩は永六輔です。
昭和最後のレコード大賞は何ですか?
1988年(昭和63年)の第30回で、光GENJIの「パラダイス銀河」です。作詩・作曲は飛鳥涼です。翌1989年の第31回からは平成の開催になります。
昭和のレコード大賞でいちばん多く大賞曲を書いた作詩家は誰ですか?
阿久悠で、1971年「また逢う日まで」、1976年「北の宿から」、1977年「勝手にしやがれ」、1978年「UFO」、1980年「雨の慕情」の5曲です。
出典
- 一般社団法人日本作曲家協会「日本レコード大賞 歴代大賞一覧」(第1回〜第30回)。